その時、ユーリは早朝のロードワークをこなして、汗を流すため自宅のお風呂に

入ろうとしているところだった。

しかし、ぷかぷかとお風呂の中に浮いている黄色いあひるを見て、ユーリは

お風呂に入ろうとしていた足を止めた。

「こ、これは・・・・っ」

確実にどこかで見たことのあるアヒルだ。

顔見知りのアヒルだ。

物の少ない半ば閑散とした部屋の中で、唯一異質だったもの。

聞いてみれば、宝物なのだと彼は笑っていた。

「これ・・・コンラッドの・・・?」

そっとアヒルを手に取って、しげしげと眺めてみる。

やはり、見ればみるほどコンラッドが大切にしていたアヒルのおもちゃにそっくりだ。

しかし、ここは地球だ。

コンラッドのアヒルがここにあるのはおかしい。

けれど、それにしたってそっくりだ。

「もしかして・・・!」

浮かんだ答えはまさかと思うもうなものであったが、ユーリはそれを確かめるべく

急いで風呂場を後にした。

「なぁにー?ゆーちゃんもうお風呂あがったのー?」

母親の質問に曖昧な返事だけ返して、ユーリはキョロキョロとリビングを見渡す。

けれどそこは普段と変わった様子がない。

「どうしたの?ゆーちゃん?」

「なあおふくろ、このアヒル、おふくろのじゃないよな?」

「あら可愛いアヒルさんね〜っ!ゆーちゃんが買ってきたの?」

「いや・・そうじゃないんだけど・・」

家族の中でこんなものを買ってきそうなのは母親だけだ。

それが違うとすれば、やっぱり、これは―・・

後ろで母親が何か言うのも聞かずに、ユーリは自分の部屋へと駆け出した。

もしかしたら、

もしかしたら彼が地球に来ているのかもしれない。

今日は、少しだけ特別な日、だから。

ドキドキ鳴る心臓。

ばん、と音をたててユーリは自分の部屋のドアを開けた。

「コンラッド・・・っ!?」

名前を呼ぶが、帰ってきたのは静寂のみだった。

「そんなわけ・・ないか・・」

なんたって名付け親のいる場所は、ここから随分と遠いところにあるのだ。

遠いどころか世界が違う。

「だよなー」

ため息をひとつ落として、ユーリは入りそびれたお風呂に入るべく踵を返した。

右の手にはアヒルがそのまま握られている。






ぱちゃん、

母親がお湯をはっておいてくれた湯船に浸かって、あのまま持ってきてしまった

アヒルをじっと見つめた。

アヒルは暢気な顔をしてゆらゆら波に揺られている。

「お前はいいよな〜。コンラッドとずっと一緒にいられて。」

本当はコンラッドのものではないかもしれないけれど。

つん、と指で突いてみる。

するとまるで機嫌が悪くなってしまったかのようにアヒルはくるりと後ろを向いて

しまった。

相手はおもちゃなのに何だか寂しくなって、無理やりこちらを向かせる。

やんわりと抱きしめるようにして、ちゅ、とキスをしてみる。

「会いたいなあ・・」

と、その時だ。

湯船のお湯が、自らの意思を持って渦を作り出す。

「わっ」

この見慣れた光景は、もしかしなくとも、いつものあれだろう。

行く先で待っているだろう人たちのことを考えて、知らず口元に笑みが浮かぶ。

これからくる衝撃を予想しながら、ユーリは目を閉じた。



「・・・?」



待てども待てどもいつもの渦に飲み込まれていく感覚がない。


ばっしゃーんっ



けれどやたらと派手な音だけが響いて、ユーリはたまらず閉じていた目を開いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え!?」

「ごほっ・・・」

目の前に、カーキ色の見慣れた軍服。

水を飲んでしまったのか、いささか咽て揺れる大きな背中。

「コンラッド・・・!」

間違いない。

そこにいたのは、ユーリの名付け親だった。

「な・・・ななななっ!?なんであんたがここに・・っ!?」

「・・・・・・ユーリ・・・?」

キョトン、と目を見開くそんな仕草が少し可愛い。

この状況から察するに、スタツアしたのはユーリではなく、コンラッドだったと

いうことだろうか。

何故そんなことになったのかはよくわからないが。

否、予兆はあったのか。

と、ユーリはアヒルに目を落とす。

「ここは・・・もしかして・・地球、ですか?」

「あ、うん・・そうだよ・・。と、とりあえず大丈夫か?コンラッド?」

遠慮がちに覗き込めば、コンラッドは少し困ったような笑顔を浮かべた。

「大丈夫といえば大丈夫ですが・・」

「ん?何だよ・・どうかしたのか?スタツアの途中で怪我したとか!?」

焦ってコンラッドの体を見てみるが、特に怪我をしているような様子はない。

「いえ、怪我は無いんですが・・」

「何だよ?」

はっきりしないコンラッドの態度に、ユーリは眉をよせる。

コンラッドはやはり困ったように顔をユーリから逸らす。

「コンラッド?」

「まさかご入浴中とは思わなかったので」

「・・・・あ」

そこで、ユーリは初めて気づいた。

自分が入浴中で、もちろん裸だったということに。

そして、狭い浴槽の中で恋人と密着してしまっているということに。

「ぎゃあああああああ〜っっっっ!!!!!!!!!」

ユーリ絶叫が風呂場に響いた。

男同士だから裸をみられたってどうってことはないが、相手は何せ恋人だ。

夜の帝王だ。

裸でこんなに密着したら何をされるかわかったものじゃない。

そんなことを思われているとは露知らず、コンラッドは慌てて自分の軍服を脱いで

ユーリにかける。

コンラッドと一緒にスタツアしてきたそれも水を含んでいてずっしりと重い。

「こんなものですみませんが・・とりあえず着てください。」

「さ・・・さんきゅー」

そんな会話はどこかぎこちない。

こんな状況だったら当然といえば当然なのかもしれないが。

「突然、すみません。おれにもどうして急にこちらに来られたのかよくわからないんです。」

「そうなの?・・ってか、これあんたの?あんたが来る前にお風呂に浮いてた」

いつの間にかお風呂のすみに追いやられていたアヒルを手にとってコンラッドに

渡す。

「ああ、俺のですね。これまでこっちに来てしまったんですか」

「うん。これがあったから、もしかしたらあんたがこっちに来てるんじゃないかと思って

家ん中探してみたりして。でもいなかったから諦めてもう一回お風呂に入ってた

とこだったんだよ。」

「そうですか・・探してくれたんですね」

言って、コンラッドは蕩けるような笑顔を浮かべる。

どこまでも嬉しそうな表情に、ユーリは顔が熱くなるのを感じた。

(おれは乙女かっての)

思わず自分で突っ込みを入れてから、ユーリは俯いた。

「だって・・変にうろちょろされても困るしっ」

「はいはい。陛下は素直じゃないな」

余裕たっぷりに笑う名付け親に、ユーリはいつもの台詞を言ってやった。

「陛下って呼ぶな。名付け親!」

「はい、ユーリ」

いつものやり取りをして、二人は同時に笑いだした。

「ちょっと違うかもしれないけどさ、こういう時っておれがあんたにおかえりって言う

のかな?」

「じゃあ、俺はただいまですか?」

「うん、じゃあ、おかえりなさい」

「ただいま、ユーリ」

普段とは逆の挨拶がくすぐったい。

「どうしてはわからないけれど、こちらにこれて良かった」

「ん?」

「お誕生日おめでとうございます、ユーリ」

コンラッドは優しく笑んで、そっとユーリの額にキスを落とす。

7月29日土曜日。

今日はユーリの誕生日だった。

「ありがと、コンラッド」

頬を染めてお礼を言えば、コンラッドの笑みはますます深くなる。

「本当ならこのままユーリを抱いてしまいたいけれど、やっぱり駄目ですよね?」

上目遣いでおねだりされた。

そんな少し幼い仕草をは裏腹に、コンラッドの手がユーリの背中を撫ぜていく。

「だ、だ、だ、だ、だ、駄目に決まってんだろーーーーーっっ!!!!!!」

すぱこーん。

頭が叩かれる小気味いい音と、本日二度目のユーリの絶叫。






渋谷有利の誕生日は、こうして始まった。







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