この世で一番尊い色が、白の中に飲み込まれていく。

消えていく。

最も、愛おしいものが、消えていく。













「うぐ・・・っ!?」

すやすやと気持ち良く寝ていたら、いきなり布団の上から抱きしめられて目が覚

めた。

布団の中にもぐったままのため、視界だって真っ暗だ。

またヴォルフラムが寝ぼけているに違いない。

思っておれは布団の中でくぐもった声をあげる。

「ちょっ・・・放せって!苦しいだろヴォルフラム!!」

じたばたと暴れるが、抱きしめる腕の力が弱まることはない。

寝ぼけていても軍人は軍人らしい。

ああもうっ!

せめて顔だけでも布団の中から出そうとあがいてみる。



もぞもぞ・・

ごそごそ・・・

もぞもぞ・・・・


「ぷはあっ!ほんとお前いい加減に──・・っ!?」

おれは今自分を抱きしめているであろう金髪の少年を見上げようとした。

エメラルドグリーンの瞳を、睨んでやろうと。

けれど、おれの首元に顔を埋めている男の髪の色はダークブラウン。

瞳は見えないけれど、きっと銀の虹彩を散らした茶の綺麗な瞳のはずだ。

ど、どうして!?


「コ、コンラッド・・?」


戸惑うような声になってしまったのは、相手が予想外の人物だったから。

そして、その青年が微かに震えているように思えたから。

こんなコンラッドは見たことがないから、何事かと心配になる。

「どうかしたの・・?」

尋ねてみても返事は無い。

抱きしめ返そうにもこの状態では無理で。

せめて自由になる頭を動かして、コンラッドに頬をすりよせてみる。

「ユーリ・・・」

するとコンラッドは一度顔をあげて、真っ直ぐにおれを見下ろしてきた。

ちゅっと音をたててキスをされた。

そのまま顔中にキスを落とされる。

「ちょっ・・やめろって」

コンラッドにキスされるのは嫌いじゃない・・むしろ好きだ。

だけどコンラッドの様子がおかしいから。

このまま彼のキスに流されてはいけないような気がした。

「・・・なんですか?」

キスを止められたのが不満なのか、コンラッドは眉を寄せる。

そんな顔してもひるまないからなっ。

「なんですかじゃなくて・・っ!!一体どうしたんだよ・・?」

「いつも通りユーリを起こしに来たんです。」

言うコンラッドの顔は至極真面目だ。

「全然いつも通りじゃないからっ!!」

「部屋に入って、ユーリを見たら、ユーリだなあって思って・・。」

「うん・・。」

「そしたら、抱きしめたくなったんです。」

「あ〜なるほどね〜って!!何かおかしいだろっ!?それ!!」

「そんなことありません。何かユーリ今朝は冷たくありませんか?俺のこと嫌い

になったんですか・・?」

そう言いながらコンラッドは再びおれをぎゅ〜っと抱きしめ始める。

その様子はまるで小さな子どもが駄々をこねているようで。

「そんなわけないだろ・・好きだよ・・。・・なあ何かあったのか?」

幼子をあやす様に優しく言ってから、コツン、と軽く頭突く。

と、そこであることに気づく。

「コンラッド・・あんた・・!!」


―コンラッドの体温は、常よりもかなり高かった。








「いいなっ!!あんたはしばらくベッドでじっと安静にしてること!!」

ビシッと自室のベッドの中で顔を赤くしたコンラッドに向かって言う。

あの後、いくら言ってもはなれないコンラッドをひっぺがし、急いでギーゼラさん

に見てもらった。

どうやら風邪だったらしい。

疲労と睡眠不足も重なって、熱が高くなってしまったようだ。

道理で様子がおかしいはずだ。

いつも一緒にいたのに・・全然気づかなかった。

しかも疲労って、絶対おれのせいだよな。

「何言ってるんですか・・今日からユーリは他国に行くというのに・・護衛の

俺がぼんやり寝ているわけにはいかないでしょう?」

おれは近々同盟を結ぶ予定の国へと行く予定だった。

同盟を結ぶにあたって、慎重に何度も会談を重ね、いよいよ同盟を結ぶという

段になった。

そこで、おれが相手の国に行ってみたいと言ったのだ。

だって、同盟を結ぶ国がどんな国なのかちゃんと見ておきたかったし。

それで、今日から数日、相手の国に行くことになっていた。

「だけど、こんな状態のあんたを連れまわすわけにはいかないだろ・・?護衛なら

ヴォルフがやってくれるから大丈夫。だから、あんたはゆっくり休んでよ。疲れて

たんだろ・・?」

こんな時にまで無理してほしくない。

自分のことをもっと大切にして欲しいんだ。

コンラッドの頬をそっと撫ぜる。

少しでも元気になってくれればいいと思って。

コンラッドはそのおれの手をとって、愛おしげに口付ける。

「・・駄目です。心配です。俺も行きます。」

「―ッ!駄目だって!ちょっ、起き出すなってば!」

ごそごそと布団から抜け出そうとするコンラッドを無理やり寝かせる。

いつもならいくらおれが力いっぱい押したところでどうにもならないのに。

やっぱり相当しんどいんだろう。

何でいつもこんなに無理させちゃうんだろう。

ぎゅっときつく手を握る。

「・・・そんなフラフラなのに、一緒に行ったってどうにもならないだろっ!?」

気づいたら怒鳴ってしまっていた。

もどかしくて、たまらなくて。

「いいから・・ちゃんと寝てろ・・!あんたがいなくてもおれは平気だしっ!

頼むから大人しく寝てろよ!!」

「ユーリ・・・」

いつもより少し掠れた声で名前を呼ばれて、ハッとする。

「ご、ごめん・・おれ・・どなったりして・・」

「いえ・・俺こそすみませんでした・・」

「ごめん・・でも、本当におれは大丈夫だから・・ゆっくり休んで・・。」

熱っぽい額にキスをした。

早く元気になって。

「ユーリ・・」

優しく抱きしめられて、耳元で囁かれる。

「気をつけてくださいね。絶対に・・無事に帰ってきて・・待ってますから」

「なんだよ・・大げさだな。大丈夫だよ。」

腕の力を緩められたから、少し体を離して、そして唇に口づける。

今の彼は、不安に怯える子どもみたいだ。

病気のときは不安になるものだし、本当なら傍にいたい。

けれど、自分にはしなくてはならないことがあるから。

「絶対にコンラッドのところに帰ってくるから。」

コンラッドからキスをし返されて、深く口付けあう。

名残惜しげに離れて、やんわり微笑んでみせた。

「はい・・待ってます・・俺、ここでずっとユーリを待ってますから・・」

「うん、待ってて・・」

大丈夫だよ、と、もう一度言って。

そうしてゆっくりとおれはその部屋を後にした。








***









最近、夢見が悪かった。

そのせいかいささか寝不足で頭がぼうっとしていることには気づいていた。

それがまさか、熱を出すなんて・・情けないとしか言いようが無い。

それもユーリが他国へ行くその日にだ。

俺はだるい体をベッドにあずけながら、じっと天井を眺めていた。

傍から見たら睨み付けているようだったかもしれない。

元来体は丈夫な方なのだが、何故か今回はなかなか熱が下がらない。

そのため数日の間ベッドとお友達になっている。

「ユーリ・・」

愛しいその名を呼んでみても当然返事が返ってくることはない。

本当は、何がなんでも一緒に行きたかった。

それが駄目だというのなら、無理やりにでもユーリを引き止めてしまいたかった。

ユーリを一人で行かせたくなくて、心配で、不安で。

魔族と人間の関係が以前にくらべて大分良くなったとはいえ、心配なものは

心配なのだ。

もちろん、ユーリは一人で行くわけではないし、自分が行かずとも守る者は沢山

いる。

それに血盟城に何の連絡も入ってこないところをみると、ユーリは何事も無く

視察をしているということだ。

それでも心配になるのは、最近の夢見のせいだ。

意を決して俺はベッドから抜け出すと、素早くかけてあった軍服に袖を通した。

そして剣を取る。

今からでも遅くは無い。

髪は寝癖だらけだったが、そんなことはどうでもいい。

俺は素早くドアの外の気配を探る。

見付かればギーゼラから命令を下された衛兵達に捕らえられてしまうのだ。

実は既に二回ほど、経験済みだ。

・・どうやら今この部屋の周りには誰もいないようだ。

俺は慎重に部屋から足を踏み出す。

誰にも見付からないように、血盟城の廊下を進む。


カツン、


いつもと違う足音がした。

「な・・・っ!!?」

突然視界が反転した。

ぶらぶらと体は揺れている。

気づけば足が縄のようなもので縛られていて、自分がトラップにかかってしまった

のだと知る。

何故、こんなところに!?こんなものはなかったはずだ!

ぼんやりとする頭で考えるが、答えが出ないうちに視界は狭まり、やがて暗転

した。






「うん、わかった。大丈夫。ありがとギーゼラさん。」

静かにドアが閉められる音が響いて、俺はゆっくりと目を開ける。

「あ、目覚めた?」

「・・・ユーリ・・・・?」

目に飛び込んできた人物に、思わず目を瞠る。

まだ俺は夢の中にいるのだろうか。

「ギーゼラさんから聞いたぞー?あんた何度も脱走しておれのとこ来ようとした

んだって?駄目だろー皆を心配させちゃー」

言葉こそ俺を咎めるものだったが、ユーリはクスクスと笑っていた。

「夢じゃ・・無くて・・?」

「うん。夢じゃないよ。ちゃんと帰ってくるって約束しただろ?」

ただいま、と言ってユーリは軽く口付けてくる。

「良かった・・・」

手を伸ばせば、確実な体温が返ってくる。

その温もりに心底安堵した。

「そんなに心配しなくても大丈夫なのに・・あんたはもっと自分のことを大切に―」

「最近・・怖い夢を見るんです・・」

「・・・怖い夢?」

ユーリの言葉を遮るようにして言ってしまったが、ユーリが気を悪くする様子はない。

「貴方が・・・死ぬ夢を・・」

白い光の中に、貴方が飲み込まれて、そして黒が消えていく。

そして俺の腕の中に残るのは冷たい貴方の亡骸。

その感触は胸を掻き毟りたくなるような現実感を伴っていた。

「おれが・・?」

そんな答えが意外だったのか、ユーリは綺麗な瞳をぱちくりとさせる。

「ここ最近・・ずっと・・・。魔力の無い俺などが見る夢が何の意味も無いことは

わかっているのですが・・それでも・・不安で・・」

「そうだったんだ・・」

ユーリは少し考えるように視線を彷徨わせる。

そして、言葉を続けた。

「同盟を結ぶ予定の国、すごく良い国だったよ。」

唐突に変えられた話題に、俺はユーリを見る。

「皆が生き生きしていたし、すごく楽しそうだった。きっと同盟を結んだら眞魔国も

もっと良い国になれると思うんだ。」

「良かったですね」

「うん。・・・なあ・・おれはこの国の王様で、この国の人皆が大切で、皆の幸せを

考えなくちゃいけないんだ。」

「はい」

ユーリはまるで母親のような自愛に満ちた表情で俺の頭を撫でる。

「だけど実際、幸せなんてのはその人それぞれのもので、確実な幸せを約束す

ることなんておれにはできないんだ。」

「ユーリ・・?」

「でも、国のせいで皆が不幸になることを防ぐことはできる。学校とか色々充実

させて、少しでも皆が幸せになれるような環境を作ることはできる。」

それが魔王のおれの仕事なんだ、と、ユーリは続ける。

変わらずその手は俺を優しく撫で続ける。

「だけどね、あんたは違うんだ。」

「・・・え・・?」

「あんたはおれにとって・・一番大切な人だから・・。あんただけは、おれが幸せに

してあげる。幸せを約束してあげる。」

突然の告白に、どうしていいのかわからなくなる。

ユーリの瞳は真剣で、目を逸らすことはできない。

「あんたをおいて死んだりしないよ。飽きるくらいに傍にいて、あんたを幸せに

してあげる。」

そんなことは戯言だと、嗤う人もいるかもしれない。

けれど、ユーリは真剣だった。

泣きたくなるくらい、真面目で、どこまでもまっすぐな言葉が、俺の胸に届く。

ユーリのそれには信じたいと思うような何かがある。

「ユーリ・・っ」

華奢な腰に手を回して、思い切り抱きしめる。

「コンラッド・・だからもうそんな夢に怯えなくていいんだよ。」

「はい・・」

暖かい言葉が体中に染み込んで、今までの不安が溶かされていく。

「ありがとう、ユーリ・・。」

「ん・・」

甘いキスを何度も送って、俺は自分が満ち足りていくのを感じていた。



「あんたさー・・今日は罠にかかって連れもどされたんだって?」

「・・え・・?」

「グレタが喜んでたぞ〜。大成功だ〜ってさ。」

あの罠はグレタの仕業だったのか・・。

毒女の弟子だけあって、なかなか恐ろしい。

「いつものあんたなら気づくようなものだったと思うけど・・。大人しく寝てないから

中々治んないんだぞー」

眉間に皺をよせて軽く小突かれる。

そんな様子さえも可愛らしい。

「すみません・・」

素直に謝ると、ユーリは悪戯に微笑む。

「なんてね。実はおれが帰ってくるまでコンラッドが治ってないといいなーと思って

たんだ。」

「え・・・?」

それは・・俺がユーリを追いかけたりしないようにだろうか。

「恋人の看病をしてやりたかったんだよ。」

俺は唖然として、苦笑する。

ユーリは至極楽しそうだ。

「何かしてほしいこと、ある?今なら何でもしてやるぜ?」

黒曜石の瞳をキラキラさせて聞いてくるユーリに、今度は優しく微笑んで見せる。

ああ、何でこの人はこんなにも―・・

「じゃあ、治るまでずっと傍にいてください。」

言えば、ユーリは一瞬驚いたように目を見開く。

だが、すぐに花を散らしたような笑顔になって、俺の手を握ってくれた。

「いいよ。」

そう優しく言われる。

いつまでもいつまでも二人で寄り添っていられるような。

今度こそ、そんな良い夢が見られそうだ。


「あんたが満足するまで、一緒にいるよ。」


俺の世界は、光で満ちていた。




















***
2万打ありがとうございます!!

ちょっと成長した感じのユーリと・・あ、相変わらずちょっとへたれてるコンラッド
です・・(汗)
以下、入れたかったけど入れられなかったやりとり

「だけどさーあんた、そんな寝癖のついた髪のまま船に乗って、おれのとこま
でくるつもりだたのか・・?元プリなのにおかしいよな〜あんた」
ユーリはそれが余程おかしかったのか、先ほどから笑い続けている。
「・・・こんな俺はお嫌いですか・・?」
「ううん。大好きだよ。」
言ってユーリは俺を抱きしめてくれた。

バカップルめ・・・!!(汗)

二万打本当にありがとうございました!!



2006.04.18









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