ユーリは優しい。

それは彼の長所であるとともに短所でもある。

誰にでも優しい彼を見ていると、自分の中をどろどろとした感情が支配していく。






「コンラッド?どうしたんだよ?」

ユーリは一歩後ろを歩くコンラッドを振り返る。

大きな黒曜石の瞳はやはり美しい。

「どうもしませんよ?陛下。」

「陛下って呼ぶな!名付け親のくせに!・・・本当になんでもない?」

そう聞くユーリの表情はコンラッドを気遣う色に満ちていて。

彼にこんな顔をさせているのが自分なのだと思うと己の立場さえ忘れわきあがる衝動のままに

抱き締めてしまいたくなる。

「ええ。大丈夫ですよユーリ。」

もちろん、そんなことはしない。

優しい彼を困らせるようなことはしない。


ユーリが好きだと言ってくれた笑顔を浮かべながら彼の髪を優しく梳く。

するとユーリはくすぐったそうに目を細めた。

愛しい。

「コンラッ・・ド?」

「さあ、皆が貴方を待っていますよ。今日は久しぶりにグレタが帰って来たんでしょう?」

髪を梳いていた手を今度は肩に置いて歩くように促す。

愛しい愛娘の名前を聞くとユーリは一瞬にしてその顔を笑顔に変えた。

「そうそう!そうなんだよ!ずっと会えなかったもんなー。」

止まっていた足を再び動かし始めた。


それから目的地につくまでコンラッドはユーリの娘自慢をおとなしく聞いていた。


「ユーリ!」

目的地の城門につくなり小さな体いっぱいで喜びを表現しながらグレタがユーリに飛び付いて

きた。

勢い良く飛び込んで来た愛娘を辛うじて受け止めると、ユーリも本当に嬉しそうに笑った。

「グレタ〜!元気にしてたか〜!?」

「うん!ユーリも元気にしてた?危ないことしてない?悪いオトコに騙されてない?」

「わ、悪いオトコって・・・だ、大丈夫だよグレタ。」

微笑ましい二人のやり取りを聞きながら、コンラッドはあたりを見わたす。

ユーリよりも早く来ていたヴォルフラムが早速ユーリの隣を陣取り、さらに沸いて出てきたギュ

ンターがヴィルフラムをユーリから離そうと躍起になっている。

一番冷静なのは少し遠巻きから二人の様子を眺めているグウェンダルだが、可愛いもの好きの

彼だ。

その目はどこかうっとりとしていた。

そんな周りの様子に小さくため息をつく。

まったく、どうしてこうユーリの周りには人が多いのか。

それはもちろん、王たるものとしては無くてはならないことかもしれないが。

彼にあさましい想いを抱いている者にとっては気が気ではない。

何故ユーリは人を拒まないのか、などと嫉妬にみちた考えさえ浮かんでくる。

ユーリは誰にでも優しい。

その優しさを自分にだけ向けて欲しいなどと思う欲深い自分。

そんな思いはもう、引き返せないところまできてしまっている。

「おい!ユーリ!お前にはもうグレタという娘もいるんだ。いい加減身をかためてはどうだ。僕は

今すぐに結婚してもいいぞ。」

また、弟が何かを言っている。

可愛い弟だ。可愛い弟だが・・。

「はあ!?何言ってんだよ!結婚なんてしねーって!」

「えー?ユーリ結婚するのー?」

「何を言っているんですか!ヴォルフラム!!そんなこと許しませんよ!!」

三者三様の反応を返す。

すっかり興奮してしまったギュンターは半狂乱でユーリに抱きついて『陛下は渡さない』のポー

ズを取っている。

「何い!?お前の許可などいるものか!早くユーリから離れろっ!」

そう言いながらヴォルフラムもユーリの腕を掴んで自分の方へとひっぱる。

両手がとらわれてしまったため、ユーリの腕の中からはなされてしまったグレタは不満げだ。

本気で抗えばいいのに。

彼はそれをしない。

優しい彼は、自分に好意を向けてくる者を心から拒絶することなんてしない。

ユーリにべったりとくっつく二人の腕を苦々しく眺めていると、ふと困った顔のユーリを目があっ

た。

一瞬彼はきょとんとして、不思議そうに首をかしげた。

そして言の葉をその唇に乗せようとしたが、その声はぎゃんぎゃん騒ぐギュンターとヴォルフラ

ムの声にかき消されて聞こえなかった。

「ちょっと二人とも、落ち着けって!」

珍しくユーリが怒ったような声を出す。

その声に押されたのかユーリに絡み付いていた二人分の腕はするりと離れた。

「ユーリ?」

「あー。ごめんな、グレタ。お父さんはコンラッドと話をしてくるから。ちょっと待っててくれよな。」

自由になった手でグレタの頭をやんわりと撫でると、ユーリはくるりとこちらを向いた。

「・・え・・?」

「ちょっと来て、コンラッド!」

つかつかとコンラッドの元へと歩いてきたユーリに強引に手をとられ、城の中へと連れて行か

れた。

背後からはヴォルフラムの怒声とギュンターの嘆き声が聞こえてきたが、それでもユーリは振

り向くことはしなかった。

「・・ユーリ・・?」

常ではないユーリの様子に動揺する。

何か彼の気にさわるようなことをしてしまったのだろうか。

ユーリがコンラッドに応えることはなく、無言のまま近くの空き部屋へと連れ込まれた。

「ユーリ・・?一体どうし・・」

「なあ、どうしたんだよ?」

こちらが言おうとした言葉を言われ思わず言葉を失う。

「やっぱりおかしいよ、今日のあんた。」

腕を強くつかまれて下からじっと見つめられる。

何もかも見透かされてしまいそうな深い色。

「おかしい・・ですか・・?」

「わかるんだよ!あんたのことはっ。何か訴えるような顔でずっとこっち見てるしさ。笑顔だって

・・何か無理やりつくってるっぽかったし・・。なあ、本当にどうしたんだよ?何かあった?」

ばれていたのか。

「おれなんかじゃ頼りないかもしれないけどさ。話聞くぐらいならおれにもできるし。頼むから・・

一人で抱え込むのだけはやめろよ。おれが何のためにここにいるのかわかんないじゃん。

嫌なんだよ・・あんたが辛そうな顔してるの。」

そう言うユーリの顔はどこか辛そうに歪められていた。

優しさに満ちたユーリのその言葉が自分に向けられていると思うと湧き上がる気持ちを抑える

ことがますます難しくなる。

こんなに自分を歓喜させて、どうするおつもりなのか。

きっとこの感情をむき出しにしてしまえば優しい貴方は困り果ててしまうだろう?

それなのに、そんな言葉を与えるなんて、貴方の優しさは残酷だ。

「何でもありません、陛下。」

「ユーリだってば!・・そんなにおれ、あんたに信頼されてないの?おれはあんたのこと信頼し

てるし、大切に思ってるし、それに・・それに・・・っ・・とにかく!おれはあんたに頼りっぱなし守

られっぱなしでいるしかないの!?おれだってあんたの助けになりたい・・のに・・っ」

そこまで言うとユーリは俯いてしまった。

細い首が小さく震えているのがわかる。

何故そんなにも自分を揺さぶるのか。

こんなにも自分を抑えようと必死なのに、最後の砦を壊すようなことを貴方は言う。

あまつさえ貴方が、自分と同じような好意を持っていてくれるのではないかと浅ましい期待さえ

させて。

貴方が自分のものになることなどないと、わかっているのに。

「それなら・・言っても良いのですか?貴方を困らせることになっても?」

「え・・?・・いいよ。もちろん!」

コンラッドの言葉にぱっと顔を上げると、話してもらえる嬉しさからかユーリは目を輝かせる。

まったく。

無防備にもほどがある。

「・・・拗ねていたんです。」

「・・は?」

「貴方が、皆に優しいから。」

「・・え?」

「俺も、貴方に触れたいし、誰よりも傍にいたいと思っている。それなのに貴方の周りにはいつ

も人がいる。俺などは、入り込むことができない。」

「コンラ・・ッド・・?」

「俺も貴方に触れたいんだ・・っ」

同じ言葉を二度口にして。

ユーリを困らせることだとわかっていながら、分も弁えずに浅ましいことを口にする。

でもこれは本心。

その表情を見るのが怖くて、しばらく顔をそむけていると、

「なーんだ!」

と、その場にそぐわぬ明るい声をかえされた。

恐る恐るユーリの顔を見てみると、予想外なことにその顔は、笑顔、だった。

「え・・ユーリ・・?」

「馬鹿だなー。コンラッド。それならそうと早く言えよ。」

「ユーリ・・?」

「ちょっとそこに座って。」

コンラッドは言われるままに、傍にあったベッドに腰をおろした。

もう一度その名を呼ぼうとするが、黒い布に口をふさがれてくぐもった声にしかならなかった。

頭に回される温かい二本の腕。

確かに伝わってくるユーリの鼓動。

今自分が、彼に抱きしめられているのだと知るまで、数秒を要した。

「ユーリ・・?」

優しく頭を撫でるユーリの手が心地良い。

「あんたになら、これぐらいいくらでもしてやるよ。」

すぐ傍から聞こえてくるユーリの声。

こんなにも温かい存在があっても良いのか。

先ほどまで感じていたどろどろとした感情が、消えていく。

単純なものだと思う。

変わりに今度は胸がじんと熱くなって、温かな感情で満たされていった。

「ユーリ・・。」

こんなことをされてはどうして良いかわからなくなる。

「こんなことをされると・・俺は期待してしまいますよ・・・?」

自分の腕を彼の背にまわしながら言う。

「・・え?」

わからないといった感じのユーリには気づかないふりをしてその体を強く抱きしめた。

・・ずっと、こうしたかったんだ。

「わっ!?コンラッド?」

「すみません・・もう少し、こうしていてもいいですか?」

抱きしめる腕をさらに強くして問うと、ユーリは戸惑いがちにだがしっかりとひとつ、頷いた。







どれだけそうしていたのかわからない。

名残惜しげに離した体。

まだこの腕には彼の温もりがのこっている。

「ありがとうございました。」

「ん。いいって!たまにはおれにも甘えてくれよな!」

「ユーリ・・」

「そうだよな〜。コンラッドだって甘えたくなる時もあるよな。でも流石に100歳越えてツェリ様

に甘えに行くわけにもいかないしよな。うん。おれでよければ変わりになるよ!」

「・・・・・・・・・・・・。」

思わず絶句する。

違う。絶対に違う。

甘えたくなったのは事実かもしれないが、甘えたかったのは母親ではなく、ユーリだ。

「ん?どうかした?」

わからないのだろう。

これだけ言っても気づいてはもらえなかったのだろう。

コンラッドは脱力しながらも口元には笑みを浮かべる。

心は軽い。

「ユーリ、甘えたくなったら、またこんな時間をもらっても良いですか?」

「もちろん!」

笑顔で言うユーリに、コンラッドも自然と笑顔になる。

今はこれでいい。

この温かいだけの関係も、悪くない。

そして、小さく呟かれた貴方の言葉にまた自分は浮かれてしまう。

「でも、こんなことすんのはコンラッドにだけだからな!」

・・・何故貴方はそんなに自分を喜ばせるのが上手いのか。

「そうしてください。」

また笑って、ユーリの体を再び抱きしめた。

驚くユーリにありがとうと囁いて、その温もりを堪能する。

きっと今、自分は最高ににやけた顔をしているに違いない。






ユーリは優しい。

それは彼の長所であるとともに短所でもある。

そんなに優しいから、自分はどうしようもなく貴方にとらわれてしまうのだ。
























***
そんなわけで・・・・す・・(どんなわけですか・・)
ちなみにユーリは無自覚なだけで、ちゃんと両思いです。
コンラッドは果てしなく陛下愛な感じで。(笑)





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