切り取る。

奪い取る。

お前も失ってしまえばいい。




優しい声に、おれは目を覚ます。

「ん・・?おはよう。コンラッド。」

案の定、おれを起こしてくれたのはコンラッドだ。

「おはようございます。陛下。」

「・・・。陛下って呼ぶな。・・・うーんと・・」

「ユーリ?」

やっぱり思い出せない。

こうなったら聞くしかないだろう。

「おれってさ、何でコンラッドに陛下って呼ぶなって言ってたんだっけ?」

「え?」

意表をつかれたのか、コンラッドはきょとんとする。

あ、この顔可愛いな。

「ええと・・いつもユーリは”陛下って呼ぶな名付け親”と言われていますが・・」

「なづけ・・おや・・?」

そうだった・・け?

「コンラッドが、おれの?おふくろが言ってた・・?」

「ユーリ・・?」

コンラッドが訝しげな顔をする。

でも、思い出せない。

そんな記憶、無い。

「少し待っていてください。ギーゼラを呼んできますから。」

コンラッドは険しい表情のまま部屋を足早に出て行く。

隣にはやはり不思議ないびきをかくヴォルフラムがいて、動揺するのを抑えるようにヴォルフの鼻を

つまんでみたりする。

「むが。」

駄目だ。頭がぐるぐる回る。

単なる度忘れだろうか。

でも、それだったら言われたら思い出すはずだ。

なのに思い出せない。

本当のことなのかどうかもわからない。


バタン


勢い良く扉が開いて、コンラッドとギーゼラ、そしていつの間に来ていたのか村田まで入って来た。

「あれ、村田?いつ来たんだ?」

「ついさっきだよ。こっちからお呼びがかかってね。渋谷、大変だったんだって?」

「ああ、うん。もう大丈夫だよ。」

体はもう本当に大丈夫そうだ。

だけど。

何かがおかしいんだ。

「・・ウェラー卿が渋谷の名づけ親ってこと、本当に覚えてないのかい?」

「・・う、うん・・。それ、本当なのか?おれ、そのこと知ってたの?」

言えば、三人そろって渋い顔をする。

「・・・体の方には異常はなかったんだよね?」

「はい。昨日見たところでは、身体に異常はありません。ただ、大分疲労されてはいましたが・・」

村田は少しの間思案するように目を伏せて、そして再び口を開く。

「じゃあウェラー卿について他に忘れたこと…いや、わかることって何?」

「わかることって・・名付け親ってこと以外はちゃんと覚えてるよ。コンラッドはおれの護衛で、こっちの

唯一の野球仲間で、爽やかで、かっこよくて、でもたまに子どもみたいに甘えてきてー、でもそれが

可愛いかったりして・・」

「あーはいはい!もういいよ!!」

物凄く嫌そうな顔をした村田にストップを入れられた。

なんだよ、お前が聞いたのに。

あれ?コンラッドが赤面してる。どうしたんだ?

「本当に名付け親ってこと以外はちゃんと覚えてるみたいだね。きっと記憶が多少混乱してるんだよ。

一時的なものだろう。」

「そうなのか?」

「そ!だから渋谷は安心して休んでなよ。ウェラー卿といちゃいちゃでもしてさ。」

「い、いちゃいちゃって!何言ってんだよ!村田!」

「えー?どうせなんだからウェラー卿に膝枕でもしてもらったらいいじゃない。まあ・・フォンビーレフェ

ルト卿の目が覚めたら大変なことになりそうだけど。」

村田はちらっとヴォルフラムを見る。

「あのな〜!お前絶対楽しんでるだろっ!?」

「ひどいよ渋谷っ!僕は心配してるのに!」

村田は芝居がかった様子で目に手をあてて嘆く。

「嘘だ!絶対嘘だ!!」

胡乱な目を村田に向けると、ツンとおでこを指でつつかれた。

「・・・っ?」

「まだ顔色が良くない。昨日夜中に目が覚めたんだって?」

「え?あ、うん・・。」

急に真剣な顔をされてびっくりする。

「まだ完全には回復してないんだ。術の影響が残っているのかもしれないしね。今はちゃんと休んで

いた方がいい。」

「村、田・・・」

「ま、楽しんでないと言えば嘘になるけどね!」

「お前なーっ!!」

ちゃかすように村田は笑って言ったけど、きっとそれはおれに気をつかってのことだ。

こいつは、そういう奴だ。

なんとなく嬉しくなって、でもまたそれが照れくさくて。

それが村田にも伝わったのか、村田は少し照れくさそうに笑って、おれもつられるように笑った。

「ま!渋谷は余計な心配しないで休んでて。ウェラー卿、渋谷のことお願いね。」

村田はそう言ってぱたぱたと手を振りながらこの部屋を立ち去ろうとする。

「あっ!なんだよ、もう行っちゃうのか?」

「うん。ちょっと気になることがあってね。」

「気になること?」

「大したことじゃないよ。それじゃ、後でまた来るから。」

ふわりと笑んで、村田はギーゼラと一緒に部屋を出ていった。

部屋に残されたのはコンラッドと未だ眠りの世界のヴォルフラム、そしておれだ。

・・・気まずい。

だっておれはコンラッドがおれの名付け親だなんてすごく重大なことを忘れてしまったわけで・・

「ユーリ」

注意なしに名前を呼ばれてドキリとする。

下から覗きこむようにコンラッドの顔を見ると真摯な瞳とかち合った。

「あ・・な、何?」

「もう少し休みましょうか。本当に・・顔色が悪い。」

ひんやりとした手が額にふれる。

気持ちが良くて、おれはそっと目を閉じる。

「本当に・・すみませんでした。」

「・・・コンラッド」

目を開く。

コンラッドはおれを切なげに見ている。

コンラッドは悪くないって言ってるのに。

こうなったらいくらコンラッドのせいじゃないって言っても聞かないんだ。

そんな顔、してほしくなんてないのに。

コンラッドには笑っててほしいのに。

なんでこんな顔ばっかりさせてしまうんだろう。

「じゃあ、コンラッドここに座って!」

そう言ってぽんぽんとベッドを叩く。

戸惑うような仕草をするコンラッドの腕を引っ張って無理やり座らせた。

「ユ、ユーリ・・?」

「もうちょっと深く腰掛けて・・・うん。それくらい。」

「あの、ユーリ?一体何を・・・っ!?」

頭をコンラッドの足の上に乗せる。

うん。なかなか心地好い。

「何って、膝枕だよ。村田も言ってただろ?」

「いや・・そういうことじゃなくて・・」

「これで許すから。もう気にするな。」

下からコンラッドに手を伸ばす。

伸ばした手は、コンラッドの手にそっと握られる。

「これが罰なんですか?」

「そ!足痺れてもそのまんまだからな!キツいぞ!」

コンラッドはそこで、はにかむように笑って言った。

「罰になんてなってないよ。ユーリに膝枕できるなんて、嬉しいだけだ。」

「ばか」

本当に嬉しそうな顔をするから恥ずかしくなる。

思わず悪態をついて顔をコンラッドの腹に押し付けた。

「ユーリ」

「ん?」

コンラッドは手を繋いでいるのとは別の方の手でおれの髪を梳く。

「ありがとう。」

「・・・うん。」

一瞬間をおいて、おれは聞く。

「・・なあ、コンラッド。その・・怒ってる?」

名付け親だって、忘れてしまったこと。

「怒ってなんていませんよ。ユーリのせいじゃない。」

「でもっ!!」

「ユーリ・・そんなことはどうでもいいんだ。俺はユーリの傍にいられるだけで幸せなんですから。」

心からの言葉が胸に染み込んでいく。

「コンラッド・・・」

「だから気にしなくていいんですよ。」

「・・何で忘れちゃったのかな・・。」

「きっと術の影響でしょう。猊下もおっしゃっていましたし。一時的なものですよ。だから大丈夫。」

そうなのだろうか。

「でも・・やっぱり、ちゃんと思い出したいな。おれコンラッドのことはいっぱい知っていたいもん。」

コンラッドのことを一番沢山知っているのはおれがいい。

皆が知っていておれだけ知っていないのも嫌だ。

なんて、子どもっぽい独占欲かもしれないけど。

「大丈夫ですよ。」

そう言ってコンラッドはおれを安心させるように髪を梳き続ける。

「そ、だよな・・!・・っていうかさ、本当に怒ってない?」

訊けばコンラッドは怒ってませんよと言って苦笑する。

そして、続ける。

「でも少し、拗ねてますけどね。」

「え?」

やはり怒ってるんじゃないかと不安になって見上げると、コンラッドは少し身を傾けておれの顔を覗き

込む。

真上から見つめられるとすごくドキドキする。

銀の虹彩が散る薄茶の瞳。

まるで自分のためだけの星空がそこに広がっているよう。

おれの大好きなもの。

「猊下と仲が良さそうだったから。」

「はあっ!?」

なんでそこなんだよ!?

「羨ましいなあって。」

「う、羨ましいって・・へんなのー」

言えば、変じゃありませんよなんて言ってコンラッドはあからさまに拗ねた顔をする。

なななななんだその顔はっ!

可愛いじゃないかっ!

「わ、わかったから!わかったからそんな顔すんなって!どうしたら機嫌直してくれるんだよっ?」

なんて・・言わなきゃ良かったかも・・。

コンラッドはしめたとばかりに悪戯に微笑む。

「じゃあ、キスさせてください。」

「えっ!?な、何言ってんだよ!だっ、だってヴォルフラムがい・・んンッ!」

最後まで言わせてもらえずに、唇にやわらかなものを押し付けられていた。

「ご馳走様。」

コンラッドは悔しいくらいに男前な顔で微笑む。

「ユーリを失わなくて・・本当に良かった・・」

続く切実な言葉に、胸が熱くなる。

すごく、幸せな気分になっていく。

やっぱり好きだなあって、思った。


ズキリ

その時、突然頭に痛みが走った。

「い・・・た・・っ」

「ユーリ!?」

慌ててコンラッドがおれの体を抱き抱えてくれるけど、痛みが引くことはない。

それどころかますますひどくなっていく。

コンラッドが何事かを叫んでヴォルフラムを起こす。

起きたヴォルフラムはコンラッドに何か言われると勢い良く部屋を出ていった。

何か言われたような気がしたが、ひどい耳鳴りのせいで聞きとることはできなかった。

「うあ・・・っく・・っ」

引きちぎられるみたいだ。

こんな痛み初めてだ。

「ユーリっ!!」

「いた・・・う・・っ!」

爪が白くなるぐらい強く手を握って、キツく目をつむる。

一際大きな痛みの波が来て、意識が飛びそうになった。

「・・・くっ」

一瞬目の前が真っ白になって、次の瞬間何かが見える。

ダークブラウンの髪に、カーキ色の軍服。

「コン・・ラッド・・?」

「ユーリ・・っ?」

見えたその人影は、一瞬鮮明になったかと思うと、ゆらゆらとゆれて、空気に溶けるように、

消えていった。

その時おれの中で何かが崩れ落ちていくような、気がした。

「―――っっ!」

「ユーリッ!!」

目の前が、真っ暗になっていった。






















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***
中だるみ・・(黙)
分量の割りに話が進んでなくてすみません・・orz;
でも穏やかな時間を過ごす二人を書いておきたかったので・・。
そして一瞬村ユになりかけました・・!(爆)









2005.12.16







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