やんわりとその大きな体を押すと、その温もりはゆっくりと離れていった。










あれから数日、コンラッドと会っていない。


我ながら勝手なこと言ってると思うけど、ああ言わないとコンラッドは何があろうともおれを守り続ける

はずだ。

だけどおれが記憶をなくしてしまったら、そんなあいつに何も返すことができないし、無茶するあいつを

止めることもできない。

そしてあいつは命を削っていく。

おれの、ために。

そんなの考えただけでおかしくなりそうだ。


おれがぼんやりと物思いにふけっていると、グウェンに短く声をかけられる。

ハッとしておれは再びペンを走らせ始めた。

執務中だったんだ。

「えーっと・・しぶやゆーりはらじゅ・・っあー間違えた!余計なもんまで書いちゃったよー!グウェン!

修正液修正液!」

「終生液・・!?なんだそれは!またアニシナの発明か何かかっ!?」

グウェンダルは警戒したのか慌てたようにのけぞる。

アニシナさんによっぽどのトラウマを持ってるんだな・・・

グウェンを生暖かい目で見て、優しく微笑まずにはいられない。

「あー違うってグウェン!修正液っていうのはー・・・」

・・いつもならここでおれのかわりに爽やかな笑顔のコンラッドが説明をしたりしたんだろうな。

ふと、今ここにいないコンラッドのことを考えて、胸がちくりと痛む。

痛みを振りきるようにして、おれは明るく再び説明を始めた。









いつもと同じようで、確実に大切なものが欠けている生活。


この生活に、いつかは慣れていくんだろうか。

執務の休憩の時間に戻って来たおれの部屋。

窓からのぞく空は青く、どこまでも続く快晴。

コンラッドもこの空をどこかで見てるのかな。

って、乙女かおれは!

一人ツッコミを入れたところで、剣のぶつかる音が聞こえた。

何だろ?

見てみると兵士さんたちが訓練をしているみたいだった。

「うわ〜はげし〜っ!あの指導官強いなあ〜」

と、言ったところで気付いた。

「って!あれコンラッドじゃんっ!!」

カーキ色のいつもの軍服にダークブラウンの髪。

それはコンラッド以外の何者でもなかった。

気づいて思わず身を隠した。

だけど、どうせここからならコンラッドには気づかれないかと思いなおして、もう一度見直す。

無駄の無い動きで剣を横にはらう姿は本当にかっこいい。

ああやっぱりコンラッドって強いな〜かっこいいな〜

数日ぶりにコンラッドを見れた感動が広がる。

元気そうで良かった。

姿を見ただけなのに嬉しくて嬉しくてたまらなくなって、ついついしまりのない顔になる。

「コンラッドだ〜」

「やっぱりかっこいいな〜ユーリ惚れなおしちゃった〜!」

ん!?

違う違う!

今のおれじゃない!

いや、確かにそう思ったけどさっ!

「なーんて思ってたでしょ〜?」

暢気な声で言いながら、姿を現したのは眞魔国で唯一おれと同じ双黒を持つ村田だった。

「村田!」

「や!渋谷。」

いつもの飄々とした様子で村田は窓際まで来ると、コンラッド達の様子を見る。

「お〜やってるね〜っ!さっすがウェラー卿。強い強い〜」

「だろ〜っ!やっぱすごいよな〜コンラッドは!男として憧れちゃうよなっ」

「・・ね、渋谷。ウェラー卿と何かあった?」

穏やかな口調のままに、村田は言って、おれを振り返る。

言葉につまって、思わず俯く。

「あ・・・コンラッドとはさ、別れたんだ。」

「そっか・・。」

村田はさほど驚いた様子は見せずに、どこか悲しそうに笑った。

「ウェラー卿なら、魔王の護衛以外にも仕事はいっぱいあるだろうしね。」

「うん。」

「でもさ、渋谷はそれでいいの?」

「いっ、いいに決まってんじゃんっ!それ以外にどうしろっていうんだよ!」

つい感情的になって、怒鳴るようになってしまった。

慌てて謝るけど、村田が表情を変えることはなかった。

「うん。そうだね。」

ただ穏やかにそう言うだけだ。

「渋谷、ごめんな。」

「・・え?」

「何もしてやれなくて。」

「村田・・・」

「術を、とく方法は無いみたいなんだ。」

「うん。」

「もしかすると、いつか急にとけることもあるのかもしれない。」

「うん。」

「でも、一生とけないのかもしれない。」

「・・・うん。」

「ごめん」

「馬鹿。何で村田が謝るんだよ。」

珍しく神妙な顔をする親友の背中をひとつ叩く。

「っていうか村田だよな。皆に話してくれたの。」

明らかに不自然なコンラッドとおれに、誰も何も言わなかったから。

村田は何も言わなかったから、それを肯定と受け取ってお礼を言う。


「おれさ、思うんだ。」


「・・渋谷?」

「もう、戦争で大切な人を失うようなことはあっちゃいけないって。こんな思いをする人がいちゃいけな

い。だから絶対、この世界から戦争をなくさなきゃいけないんだ。」

「渋谷・・」

村田がおれの顔を見て笑む。

おれも笑みを作って、続ける。

「そしたらさ、あの男の人も・・報われるよな。」

カキン、

変わらず剣と剣がぶつかりあう音が響いてくる。

「そうだね。もしかしたら、それで呪いもとけるかも。」

「だったらラッキーだけどな〜。」

頭をかきながら笑って言った。

その後は村田と世話話をしながら、窓の外を眺めていた。

おれは、ただ一人、コンラッドの姿から目がずっと離せないでいた。





日が沈んで、今日も一日が終わろうとしている。

コンラッドと、会うことは無いままに。

ぼふっとふかふかのベッドに横になる。

「ぐえっ」

蛙鳴き声のようなヴォルフラムの声が聞こえたけれど、この際無視しておこう。うん。

横になった拍子にぶつかったみたいだ。

ほうっておくと、しばらくして不思議な鼾が聞こえきた。

それに一息つくと、おれも眠るべく布団を頭からかぶった。

「ふう。」

何か疲れたなあ〜。

ふと、無意識に自分の胸に手を当てる。

手に触れたのは魔石のひんやりとした感触。

「・・・ん?魔石・・?」

そんなものいつから自分は身に着けていたのだろうか。

服の中から出して、その青い石をまじまじと見つめた。

「もしかしなくても・・コンラッドからもらったものなのかな・・」

いつも身に着けているものなのに忘れるなんてあり得ないから、きっとそうなんだろう。

確実におれはコンラッドのことを忘れていく。

必至にコンラッドの記憶を離さないようにしているのに、手の中からすり落ちていくかのように、どんど

ん、忘れてしまう。

一体今おれはコンラッドの何を知っているんだろう。

どんな声をしていたのか、とか。

どんな風に、おれを抱きしめてくれたのかとか。

全然思い出せない。

どうしよう。

どんどん消えていくんだ。

おれの中からコンラッドが消えていく。

痛い。

きつく自分の体を抱くが、震えが止まらない。

「うわー・・嘘だろ・・?」

怖くて怖くて、必死にコンラッドを思い描こうとする。

それなのにかき集めるようにして描いたコンラッドは、今にも消えてしまいそうに揺らぐ。

おれの大好きなあいつの笑顔すら、思い出せないんだ。

「な・・んで・・」

このまま、コンラッドの全てが自分の中から消えてしまうような気がした。

明日にはもう、コンラッドのことを忘れてしまっているのかもしれない。

怖くて仕方なくて、おれは気づけば走り出していた。

早くあいつの笑顔が見たくて、靴なんて履いてる時間も惜しくて、足は裸足のままだ。 


向かうのはコンラッドの部屋。


こんなに好きなんだ。

忘れたくなんてないよ。



ぴたり。

コンラッドの部屋の前で足を止める。

足はもう冷たくなっていて感覚が無い。

そのまま、ドアを叩こうと手をのばす。

「―・・・っ」

手をドアに軽く触れさせるけれど。

そのままノックをすることは

できな、かった。

今おれがここで、コンラッドの部屋に入っていったら、今までのことが無駄になってしまう。

今、おれがコンラッドに縋ってしまったら優しい彼はおれから離れられなくなってしまう。

あいつの幸せを潰すようなこと、できるわけがない。

「ごめん・・・」

一歩。

ドアを叩こうとした手を下げて、扉から遠ざかる。

「大好きだったよ」

二歩。三歩。

離れる。

「ありがと」

もう、きっとおれはあんたのこと忘れてしまうんだろうけれど。

本当に、好きだったよ。

もう言えることはないと思うけれど。

おれはゆっくりとコンラッドの部屋から離れて、扉に向かってぺこりと小さく頭を下げる。

ああ。

きっとこれで最後。

踵を返して、おれは静かに歩き出した。










自分の部屋に戻る気にもなれず、おれは血盟城の外に出ていた。

以前見つけた抜け道を通ったから誰にも見つかってはいないはずだ。

一体樹齢何年だろうと思わせる大きな木に寄りかかる。

昼間執務を抜け出してはよくここで休んでいる。

この大きな木はいつもおれを安心させてくれるけれど、今日は効果がないようだ。

むしろどこか寒々しい気分にさせる。

夜だからだろうか。

よくわからない。

ずるずると座り込んで、膝に顔を埋める。

もう何も見たくなかった。

あんたのこと、いっぱい知っていたはずなんだ。

けど、今はよくわからない。

コンラッドと一緒にどんなことをして、どんなことを話したのか。

あんたがどんな顔で笑うのか。

今おれに残っているのはコンラッドが好きだって気持ちだけだ。

「最後にコンラッドの笑った顔が見たかったな」

わがままだけど。

見てもまた忘れてしまうんだろうけど。

でもまだコンラッドのことを覚えているうちに、見たかった。

「あ〜・・・っ」

きっとコンラッドは自分と離れて、幸せになってくれるだろう。

コンラッドはかっこいいし、きっと可愛いお嫁さんももらって、子どもも生まれちゃって・・

幸せな家庭を築いたりして。

「良いことなのに・・・・」

何でこんなに胸が苦しいんだろう。

何でコンラッドの幸せを心から喜べないんだろう。

最低だ。

おれだってコンラッドのこと忘れて、何も知らずにのうのうと暮らしていくんだ。

コンラッドを忘れて、笑って、過ごすんだ。

もう会うことも、なくなるんだろう。

それでいい。

それで、いいんだ。

それで・・・

そんなの・・・っ

「いや・・だなあ・・・・っ」

ずっと一緒にいたかった。

傍で笑っていて欲しかった。

おれが幸せにしたかった。

零れそうになる嗚咽を堪える。

泣きたくなんてなかった。


寝着のまま来てしまったから、寒さに凍える。

裸足の足が、ここまで来る途中に切れていたらしい。

今になって痛みが出てくる。

どうしようもなく心細い気分になってきて。

いっそこのまま消えてしまいたいと思った。







「ああ、やっと見つけた。」







温かな声がひびく。

「ここにいたんですね、ユーリ。」

その声がストンと胸に落ちてきて、先ほどまでの寒々しさは消え、温かな気持ちに満たされていく。

もしかしたら、いつもおれはこの人と一緒にここに来ていたのかもしれない。

この人と一緒だったから、安心できたのかもしれない。




「コンラッ・・ド」




顔を上げると、そこにあったのは優しい光を宿した薄茶の瞳。

「心配しましたよ?ああ、裸足のままで・・それにこんなに薄着で・・寒かったでしょう?」 


コンラッドは自分の上着を脱いでおれに着せようとする。

「あ・・コンラ・・・っ」

上着をかけられたと思ったら、上着ごと強く引き寄せられて、噛み付くように口付けられた。

「んん・・・っ」

深く口付けられて、息をすることもままならない。

「・・ふ・・ぅ・・っ」

苦しくてコンラッドの胸を軽く叩くと、名残惜しげに開放される。

「な・・んで・・?」

ここにいるの?

荒い息を整えながら聞く。

諦めようとしているのに、こんなことをされたらどうしていいかわからなくなる。

「部屋の外でユーリの気配がして・・でも貴方がドアを開くことはなくて・・。追いかけてはいけないか

と思いました。ですが、来てしまいました。」

コンラッドはそう言って苦く笑う。

「そ、んな・・。」

「俺が傍にいれば、貴方を苦しめることになると思った。けれど、貴方に触れたくて、たまらなくて・・。」

情けないでしょう?とコンラッドは続ける。

そんなコンラッドを、おれは信じられないような気持ちで見つめる。

「この数日間、貴方に会えないだけで気が狂いそうだった。」

切なげな顔でコンラッドはおれの頬に触れる。

こうしてまた話せていることが、触れられていることが、まだ信じられない。

「ユーリは俺の好きにしていいと言った。だから俺は俺の好きなようにします。

ずっと貴方のお傍に、ユーリ。」

言って、コンラッドは優しく微笑む。

そうだ。

これがおれの大好きな笑顔だ。

それだけで涙が出そうになって、必死に堪える。

「でも・・それじゃ、あんたは幸せになれな・・・っ」

震える声で言うと、コンラッドに抱きしめられた。

「ユーリ、お忘れですか・・?俺が、貴方無しでは生きられない弱い男だということを。」 

「コンラ・・・っ」

「忘れたのなら、何度でも言うよ。」



「愛しています、ユーリ。・・俺の幸せは、貴方の傍にしかない。」



耳元で優しく囁かれて。

まるで壊れものを包むかのように抱きしめられて。




ああ。



好きだ。




おれはどうしようもないくらい、コンラッドが好きなんだ。











そこで初めて、おれは自分の目から涙が溢れていくのを感じた。







































***
・・・。
次で最後だと思われます・・。

ちなみに「雪意」は、雪が降り出しそうな空のことだそうです・・。


2006.01.27


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