暗くて何も見えないような。

そんな夜の中に俺たちはいた。














きらきらと月の光を反射して光る貴方の涙は、とても尊いものに思えた。

やっと、泣いてくれた。

「ユーリ」

肩を震わせて、ユーリは泣く。

「ごめん・・ごめん・・・なさ・・っ」

何度も、何度も、謝りながら。

何に対する謝罪なのかわからないけれど。

何にしても、ユーリは何も悪くなんてない。


「愛してる、ユーリ。」

貴方は悪くないのだと言う代わりに、愛の言葉を。

「コン・・っ」

俺の言葉に、ユーリはゆっくりと顔をあげて、おずおずと俺の頬に手をのばす。

漆黒の瞳は涙で潤んでいて、胸が苦しくなる。

そしてそのままひきよせられるように深く口づけあった。






ふと下を見るとユーリの足が切れていることに気づく。

眉をひそめ、問答無用でその体を持ち上げた。

「うわっ!?コンラッド!?」

体もすっかり冷え切っていて冷たい。

ユーリはじたばたと暴れるが、そんなことは関係ない。

「城の中に戻りましょう。風邪をひいてしまっては大変ですから。それに、足の手当ても。」

ちらりと彼の足を見ながら言えば、ユーリはバツが悪そうな顔をして、抵抗をやめた。 


小さく「オヒメサマだっこはやめろよなー」と言うのが聞こえたが、聞こえなかったことにした。




正直に言えば、ここで今自分がユーリに触れていることが正しいのかどうかなんてわから

ない。

もしかしたら、余計にユーリを傷つけてしまうのかもしれない。

ユーリに忘れられることに、自分が耐えられるのかどうかも、よくわからない。

だが、ユーリと会わない日が数日続いて、気が狂いそうになって。

らしくもなく訓練中の兵にあたってしまったりして。

そんな時にふと視線を感じてその方向に目を向けると、何よりも尊い、貴方がいた。

たかが数日姿を見れなかっただけにも関わらず、胸を鷲掴みにされたような感覚に襲わ 

れた。

きっと俺が気づいたと知れば貴方はすぐに姿を隠してしまうと思うから、気づかないふりを

してそのまま剣の稽古を続けた。

貴方がそこにいる。

ただそれだけで、たまらない気持ちになる。

しかし、もう俺がユーリの傍にいることはないだろう。

きっと傍にいても傷つけるだけだ。

そう、思った。

そう、思っていた。








『大好きだったよ』




『ありがと』








扉の前で、ユーリが小さく呟いた言葉が聞こえて。

もう本当にこれでおしまいなのだと、ユーリがこの腕の中に帰って来ることは無いのだと。

そう、実感したら、体中の血が凍りついたかのように冷たくなった。

ユーリがゆっくりと離れていく足音を、どこか遠くで聞いていた。

そして足音が聞こえなくなったころ、俺は我を忘れて部屋を飛び出していた。

本当に、自分勝手だ。

「コンラッド?」

俺の部屋のベッドに腰掛けているユーリが、心配そうに俺を覗き込んでいる。

泣いたせいか、まだ目が赤い。

何でもないよと微笑んみながら告げて、お湯で濡らしたタオルをユーリの足にあてる。

「って!」

傷にしみたのだろう。

途端にユーリは顔をしかめる。

「少し我慢してくださいね。すぐ終わりますから。」

手早く手当てを終えて自分もユーリの隣に座る。

しばらく無言で、ただお互いに寄り添っていた。

ユーリの温かな体温がじんわりとしみこんでいく。

心地好い時間。

「おれの予想ではね。」

唐突にユーリが切り出す。

何のことだろうと少し体を離してユーリの顔を見ると、ユーリも俺の顔をじっと見つめた。

「多分もう、駄目だと思うんだ。」

「何が・・ですか?」

「きっともう、おれはあんたのこと忘れちゃうよ。」

「ユーリ・・・」

「さっきさ、あんたの顔も思い出せなくなったんだ。それで、怖くなって・・・」

再び泣きそうになるユーリを、そっと抱きしめる。

「ごめんな、勝手で。おれはあんたのこと忘れるのに、それなのに、あんたのことまだ縛ろ

うとしてる。最低だ。」

「そんなことありませんよ。俺はユーリが例え俺のことを忘れてしまっても傍にいたい。貴方

の傍にいられないのなら、俺は幸せになんてなれないよ。」

「でも・・ッ!!」

「ユーリは俺に幸せになって欲しくないの?」

びくりと、腕の中の体が小さく震える。

「幸せになってほしいに・・決まってる・・」

「じゃあ・・許して?ユーリが俺のことを忘れてしまっても、俺が貴方の傍にいることを。」

「コンラッド・・っ!」

「そしたら俺は、貴方の傍にずっといられる・・」

それが俺の幸せなんだよ?

優しく頭を撫でて、髪に口付ける。

「・・・お願い、ユーリ。」

「ばかだよな、あんた・・絶対馬鹿だ・・」

「うん・・そうかもしれない。」

「・・・じゃあ、おれからもあんたにお願い。」

「・・ん?」

「絶対、おれのために自分を犠牲にするな。命を捨てるようなことするな。自分を大切にし

ろ。おれのこと嫌いになったら・・・無理に傍にいようと・・するな。あんたの好きなように生

きろ・・」

最後の方は、涙で震えていた。

「じゃないと、駄目だ・・っ。」

「ユーリ・・」

本当に、この人は。

どうしてこんなにも、俺を惹きつけてやまないのだろう。

「・・・わかりました。善処します。」

「善処じゃなくてッ!絶対!」

「・・・わかりました。誓います、我が君。」

抱いていた腕を放し、するりと慣れた動作で膝をついてユーリの手に口付け、誓う。

「わーわーわーっ!!何しちゃってんだあんたっ!!」

顔を真っ赤にして喚くユーリが可愛い。

「何って・・誓いの口付けですよ。」

さらりと言ってのければ、ユーリはもう口をぱくぱくと動かすだけだ。 

「良かった・・俺が貴方を嫌いになることなんて一生ないから、これで一生傍にいるお許しが

もらえました。」

「ば、ばか・・っ!」

ユーリは捕まれた手を振り払おうとする。

しかしそんな抵抗は意味の無いもので、俺が逆に掴んだ手を引くとあっけなくユーリは俺の

胸の中におさまった。

ベッドから落ちた形になったユーリをしっかりと受け止める。

「コン・・ラッド・・?」

「幸せになりましょうね。一緒に。」

「・・・ん」

ユーリの顔が小さく笑顔を作る。

久しぶりに見る、心が温かくなるようなユーリの笑顔。

「大好きだよ、コンラッド・・」

「俺もです。ユーリ。」

一度目をあわせ、ゆっくりとその赤い唇に口付けた。

「・・・んッ・・は、ぁ・・っ」

ベッドに戻る時間さえも勿体無くて、俺たちはそのままくずれおちるように重なりあった。
















心地好い体温。

誰かと一つになることがこんなにも幸せだということを貴方に会って初めて知った。

そんな愛しい存在は、俺の腕の中でまだ荒い呼吸を繰り返している。

「ユーリ、大丈夫?」

「ん、平気。」

ちゅ、と音をたててユーリがキスをくれる。

お返しに、俺もその汗ばんだ額に口付けをひとつ落とした。

「コンラッドとこういうことするのも・・これで最後なのかな・・?」

言いながら、ユーリは俺の胸に擦り寄る。

不安を少しでも和らげられれば良いと、そっと頭を撫でた。

「ユーリ・・」

「おれたち・・これで終わっちゃうのかな・・?」

「いつになく弱気ですね。」

「だって・・っ!」

「大丈夫だよ」

怒ったように言うユーリを遮って俺は言う。

「大丈夫。」

あんなにも乱れていた心が嘘のように、今は穏やかだ。

「貴方と俺がここに在る限り、俺たちは終わったりしない。」

「コン・・ラッド・・」

俺たちは続いていく。きっと、いつまでも。

「貴方の分まで、俺が覚えてますから。そうだな・・歩くユーリと俺の愛のフォトアルバムと

でも呼んで下さい。」

「な、なんだよそれ・・」

一瞬呆れたような顔をした後、ユーリはクスクスと笑って言う。

「任せたからな。」

「はい。」

「コンラッド・・」

「はい?」

「コンラッド」

「はい」

「コンラッド・・」

ユーリは何かを確かめるかのように、愛おしむかのように、名残惜しむかのように、

俺の名を呼ぶ。

「ユーリ」

「おれ、幸せだよ」

その言葉に、本当に全て許されたような気持ちになる。

貴方と俺が一緒にいることは、間違いではないよね?



もう一度ふれるだけのキスをして。


「好き・・コンラッド・・」


ユーリはそう言って優しく笑んだ。

そしてそれが、彼が俺の名を呼んだ最後だった。











窓から差し込む光に目をさます。

素早く身なりを整えると、俺はユーリの部屋へ向かう。

軍靴の音がカツカツと廊下に響く。

もう彼は俺が名付け親だということを思い出さない。

もう彼は俺のことを記憶することはない。

もう彼の唇が俺の名を紡ぐことはない。


それでも―・・


俺は遠慮がちにノックをしてからユーリの部屋へと入る。

温かな日差しを浴びて眠るユーリの顔はとても綺麗だ。

「ユーリ、朝ですよ。ロードワークに行きましょう?」

もう少し気持ち良さそうに眠る貴方の顔を見ていたいけれど、軽く肩をたたいてユーリを起こ

す。

「ん・・ん〜」

もぞもぞ。

寝起きの良い彼は緩慢な動作ではあるがすぐに上体を起こした。



もう彼は俺が名付け親だということを思い出さない。

もう彼は俺のことを記憶することはない。

もう彼の唇が俺の名を紡ぐことはない。





それでも。





「おはよう。ユーリ。」




それでも。




「おはよう。」



それでも、彼は俺を見て優しく微笑むのだ。

名前も知らない男を見て、心底愛おしそうに微笑むのだ。



「俺は、貴方の護衛に任命されましたコンラッドといいます。

一緒にロードワークに行きましょう。」

「うん。よろしくな!・・何かあんたと初めて会った気がしないんだけどなんでだろ?」



記憶をなくす前と何ら変わりのない笑顔に、涙が出そうになる。



『俺はユーリの傍にいられるだけで幸せなんですから。』




あの時言った言葉が、真実のもので良かった。

俺の幸せは、ここにしか、ない。






いつもと同じように俺はユーリに手を差し出す。






彼に記憶はもう無い。

絶望の淵。

しかしそこには確かな感情が残っていて。






ユーリは嬉しそうに顔をほころばせ、いつもと同じように俺の手をとった。














俺たちは、まだはじまったばかりだ。
















































***
記憶なんていつ消えるかもわからないものよりも、その人に残る強い感情の方が

ずっと確かなものではないのかと思って。

こんな終わり方ですが、村田さんの言うとおり、もう思い出さないかもしれないけど、

この次の瞬間急に思い出すかもしれません。

色々言い訳したいですがやめておきます;

ここまでお付き合いいただいてありがとうございました!

感想などいただけたら嬉しいです。





2006.02.20










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