「ユーリーっ!」


いつもと変わらない昼下がり。

魔王専用の部屋でコンラートとユーリがまったりとくつろいでいた時のことだ。

名を呼ばれるのと同時に勢い良くドアを開かれて、ユーリとコンラートは反射的にそちらを

振り向いた。

「グレタ!」

予想外の人物にユーリは目を瞠る。

そこにいたのは魔王最愛の娘。

確か今の時間はアニシナの部屋で読書をしていたはずだ。

「ユーリ〜っ」

グレタはもう一度ユーリの名を呼ぶと、わあっとせき止めていたものがあふれ出したか

のように泣き出した。

勢い良くユーリの胸に飛び込んで、わんわんと泣き続ける。

「グ、グレタ!?どうしたんだっ!?何かあったのかっ!?」

愛娘の泣き顔に、ユーリは焦った様子で言う。

「ん・・っ、お・・じ・・まね・・っ、おひめ・・がっ・・うわ〜んっ」

「お・・・叔父真似!?」

その台詞にコンラートは少し思案するように視線をさまよわせると、グレタが脇に抱えて

いる一冊の本が目に入った。

「もしかしてこれを読んで?」

コンラートが優しく尋ねれば、グレタは泣きながらうんうんと数回頷いた。

成る程。

この本には見覚えがある。

確か悲恋物だったはずだ。

婚約者として知り合った一国の王子とお姫様は次第に愛し合うようになる。

だが、色々な政治的策略によって引き裂かれてしまい、云々。

という話だったと思う。かなりうろ覚えだ。

「王子さまと離れ離れにされちゃったお姫様はねっ、死んじゃうんだよっ」

そんな内容だったか。

「それでねっ、お姫さまが死んだことを知った王子さまは、後を追うこともできなくて、それで

不幸のドンゾコで泣いちゃって終わるのーっ」

物語の中の出来事に涙を流す優しい少女を、ユーリはオロオロと慰めている。

「ひどすぎるよっ王子さまがかわいそうっ」

「ああ・・えーっとでもグレタ・・っ大丈夫、大丈夫だよーっ」

「だってね、王子さまは一人ぼっちになっちゃったんだよっこれからもずっとずっと一人で

生きてかなくちゃいけないんだよっ」

そんなグレタの言葉に、コンラートは目を細める。

「グレタ。もう一度俺と一緒にそのお話を読んでみないか?」

まだ小さなその背中をぽんと一度優しく叩くと、グレタはきょとんとした顔でコンラートを

見上げる。

一緒にいたユーリも、一緒にコンラートを見上げている。

「ね?」

いつもの爽やかな笑顔でグレタを促すと、魔王専用のベッドの上にグレタを真ん中にして

座ると、グレタはゆっくりと物語を読み始めた。

物語はやはり先ほどグレタが言ったように進む。

終わりに近付くにつれて、グレタの声は小さくなっていった。

「ああっ、グレタ、もういいよ!もういいからっ!」

ユーリは隣に座るグレタの頭を撫でてから、キッとコンラートをにらみつける。


『何でまた泣かせるようなことするんだよ』


怒りにメラメラと燃える漆黒の瞳が暗にそう訴えかけてくる。

ユーリは愛娘に仇名すものには容赦が無い。

そんなユーリにコンラートは苦笑を返すと、倒れるお姫様の隣で泣き崩れる王子の挿絵が

描かれたページで止まっている本に手を伸ばした。

「グレタ。知ってる?このお話には続きがあるんだよ。」

「・・え?」

コンラートの言葉にグレタは目を瞠ると、慌てた様子で本のページをめくろうとする。

しかし、本はやはり王子が泣き崩れるページで終わっていて、次のページが存在する

様子は無い。

「続きなんてないよー?」

グレタは眉をひそめる。

そんなグレタの様子を見て、ユーリはやはり心配そうにコンラートを見つめる。

コンラートは安心させるように軽く微笑んから、視線をゆっくり本に落とす。

「ここには書かれていないんだよ。本はここで終わっているけどね、王子はこれからも生き

続けるんだ。だから、これからも色々あってね。」

少し間をおいて、続ける。

「王子はこれからしばらくやさぐれちゃって大変だったんだ。命を絶とうと思ったこともあった。

全てを憎んで、全てに絶望して、希望なんて見つけることができなかった。」

「コンラッド・・」

コンラートが言う言葉に何か思うことがあったのか、ユーリは不安げな瞳をする。

あえてそれに応えることはせずに言葉を紡ぐ。

「だけどね、それから何十年も経って、王子は再び出会うことができた。」

「「え?誰にっ?」」

ユーリとグレタ、二人一緒に尋ねられて、コンラートは気づかれないように笑った。

「心から愛せる存在に出会うことができたんだ。どこまでも優しくて太陽のような、

暖かな人に出会うことができたんだよ。」

「・・え・・っ?」

気づかれないように、グレタの後ろでそっとユーリの手の上に自分の手をのせた。

「・・あっ・・」

ゆっくりとその手を撫ぜると、はっとしたようにユーリの頬が朱に染まった。

物語の人物に自分を重ねるだなんて、柄でもないけれど。

どうしても伝えたかった。

どんなに不幸のどん底に陥ろうとも、生きている限り、物語は続いていくのだということを。

幸せになれる可能性は残されているのだということを。

そして、

「もちろん王子様はお姫様のことを忘れたわけではないけれど、

王子様は幸せに暮らすことができたんだよ。」



今自分が、貴方のおかげで最高に幸せなのだということを―・・



そんな愛おしい気持ちを込めてユーリを見つめると、ぱっと顔を背けられてしまった。

そんな仕草でさえも愛らしい。

「そっかー!」

先ほどとは一転して、明るい表情のグレタが声を発する。

「じゃあ、死んじゃったお姫様も安心できるし、王子様も幸せで、ハッピーエンドだねっ!」

ぱあっと花を散らしたような笑顔を振りまく少女に、こちらまで笑顔になる。

「そうだよ。」

「良かったーっ!それにしてもさ、王子様が出会った人って、ユーリみたいな人だよねっ!」


ぶふっ!!


ユーリが勢い良く吹いた。

「そ、そんなことないだろ!グレタっ!おれはそんな優しくなんてないしっそれに・・っ」

「ああ。きっとユーリみたいな人だろうね。」

しどろもどろのユーリを遮るように、コンラートは言う。

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!コ、コンラッド・・っ」

ユーリの顔はまるで湯でダコのように赤くなる。

ついでに重ねた手を強く握ると、ユーリはとうとう真っ赤になって俯いてしまった。

「んっ!ありがとうコンラッド!ユーリもありがとっ!あ、グレタもうアニシナのところに戻らな

きゃっ!」

グレタは反動をつけて立ち上がると、可愛らしい笑顔を振りまいてぱたぱたと部屋を出て

いってしまった。

自然、残されたのはコンラートとユーリの二人である。

「あ・・あのー・・」

「なんですか?」

「手、離してもらえマスカ・・?」

「嫌なら振り払ってもいいですよ?」

言って、悪戯に微笑む。

「あ、あんた卑怯だッ!」

「気のせいですよ。」

「気のせ・・っ」

ユーリは口を金魚のようにぱくぱく動かすが、続く言葉は出てこない。

こんな一時でさえ、こんなにも暖かい。

「あ、あのさ・・っ」

「はい?」

「さっきの、話のことだけど・・」

「童話のことですか。」

「ん。あれって・・あんたのこと・・?」

チラリ。

遠慮がちに覗き込んでくる綺麗な瞳。

「さあ、どうでしょう。」

悪戯な笑みを浮かべて。

握った手にちゅっと音を立てて口付けた。

「なっ!ご、ごまかすなよっ!!」

「物語はともかくとして。」

「・・え?」

「俺は、幸せですよ。ユーリに、出会えたから。」

耳元で甘く囁く。



あの時、物語を止めることがなくて良かったと思えるのは、この人と出会うことができたから。








「おれも、幸せだよ」

諦めたように凭れ掛ってくるユーリを受け止めて、漆黒の髪にキスする。

「だから、そのにやけきった顔どうにかしてくれ・・恥ずかしい・・っ」

一体自分は今どんな顔をしているのだろうか。

でも、それは例え魔王命令だとしてもきくことができなさそうだ。






「すみません、無理です。だって幸せなんですもん。」







絶望の果てに自分が出会えたのは、きっと百年に一度の恋。

























***
次男が出会ったのは恋とかいうレベルのものではない気がするんですが・・(笑)
もっと糖分大目にしたかったんですが、今の自分にはこれがいっぱいいっぱいでした(涙)
ユーリ視点で書いた方が楽しかったかもしれないと少し後悔。
次男のゆるみきったにやけきったとろけまくった顔に内心ギャーっ!てなってる陛下も書き
たかったです(笑)









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2006.03.09











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