力いっぱいつかんでいた手を、貴方は柔らかく微笑んで、振り払った。

貴方の唇が微かに動いたが、何を言ったのかはわからなかった。






何か、夢を見ていたような気がする。

まだぼんやりしている頭を軽く振って、おれはベッドに横たえられていた体を起こす。 


「ユーリ!良かった、目が覚めたんですね」

そう言って優しく笑いかけてくれたのは、おれの名付け親だった。

その男前な頬に白い布があてられているのを見て、おれは気を失う寸前の出来事を思い出す。

自分が彼に何をしたのかも、全部。

「あ・・・っごめん!コンラッド・・!おれ・・っ」

おれの傷付けた腕は服に隠れていて見ることはできないが、きっとそこには痛々しい傷が残っているに違いなかった。

なんてことをしてしまったんだろう。

「ユーリ・・大丈夫ですよ。これぐらいなんでもありませんから。それよりお腹はすきませんか?何か持って─・・」

「大丈夫なわけないだろ・・・っ!!」

「ユーリ・・」

「だってあんなに血が・・・おれが・・おれがあんたを・・っ」

最後の方はかすれて声にならない。

騒ぎ立てるおれとは逆に、穏やかな笑顔をくずさないコンラッド。

「ユーリ・・俺の怪我は大したものじゃないから・・それにちゃんとギーゼラに治療してもらったから安心して?」

ギーゼラさんが治してくれたんだ。

その言葉に、少しだけ安堵する。

「ユーリは俺を守ってくれようとしたんでしょう?ありがとう」

「コンラッド・・」

コンラッドは、優しい。

おれが悲しむようなことは絶対にしないし、大切に大切に、暖かな毛布で包み込むように扱ってくれる。

それをとても嬉しく思うけれど、同時に、突き刺すような鋭い痛みを感じる時もある。 


「ユーリ?」

「ううん・・なんでもない」

そう言って、おれはうつむく。

コンラッドの顔をまともに見れる自信が無かった。

今、穏やかに笑うあんたの顔を見たら、理不尽にひどい言葉をぶつけてしまいそうで。 


「本当に・・ごめんな」

「ユーリ・・・」

こんな自分が嫌になる。

コンラッドがおれの髪に優しく口付けて、そっと撫でる。

「ユーリが無事で良かった」

あんたは無事じゃなくてもいいの?

あんたを傷つけたおれに、どうしてそんなに優しくするの?

言葉にはとてもできない台詞。

こんなにも近くにいるのに、あんたがもの凄く遠くにいるような気がした。

きっとおれとあんたの距離は、これ以上縮まらない。

縮められないんだ。

「さあ、もう少し休んで下さい。疲れているでしょう?」

「ん・・・あのさ、おれはもう大丈夫だから。だからあんたは休んでくれよ・・・」

顔は下を向いたまま静かに言う。

おれが傷つけたコンラッドの腕に、そっと手を添えた。

「な?」

「ユーリ・・・」

コンラッドが僅かに目を見張る。

けれどすぐにその顔に優しげな笑みを浮かべて言う。

「わかりました。俺も休みます。だからユーリもちゃんと寝ていて下さいね」

ちゅ、と音をたててこめかみに口付けられる。

そしてぽんぽんと数回おれの頭を叩くと、横になるように促された。

それに素直に従って、起こしていた体をふかふかのベッドにあずける。

するとコンラッドの瞳とかちあった。

キラキラ光る綺麗な瞳。

「何も心配しないで。ゆっくり休んで」

「コンラッド・・」

「ユーリが眠るまで傍にいるよ」

そう言ってコンラッドは何度も何度もおれの頭を撫でる。

子どもをあやすようなそれ。

チリリと胸が痛んだ。

「ごめん・・コンラッド・・」

「はい?」

「ちょっと、一人になりたいんだ・・だから・・・」

それだけ言うと、コンラッドは一瞬哀しげな顔をした。

本当にそれは一瞬のことで、見間違いかと思うほどだった。

おれを撫でていた手を離して、すぐにいつもの笑顔を浮かべると、コンラッドは

すみません、と謝ってくきた。

「では俺は失礼しますね。何かあったらいつでも呼んでください」

一度離した手で、コンラッドはおれに触れようとする。

けれどコンラッドの手がおれに触れてくることはなかった。

そしてそのままコンラッドは静かに部屋を出て行った。

閉められた扉を眺めて、おれは深いため息をつく。

「あーっ・・ほんと何してんだろ・・おれ・・」

大切な人を守るどころか傷つけてばかりだ。

コンラッドにはああ言ったものの、このまま眠る気になんてなれない。

おれは体を起こしてベッドに腰掛けるとあたりを見渡す。

ベッドの傍におかれた水差し。

いつでも飲めるようにと用意してくれたものだ。

それをおれはぼんやりと見つめる。


もしこの水を自由に操ることができたら。

自分の魔力をちゃんとコントロールできたら、人を傷つけなくてすむだろうか。

「動け〜」

キッと水を睨んで念じてみるが、水が動きだすことはない。

「う〜ん・・無理か・・」

がくりと肩をおとす。

何だか余計に気が滅入ってきた。

こういう時は部屋の中にいるとますます悪い方に考えてしまう。

思って、ちらりと窓の外を眺める。

しばし思案して、おれはできるだけ音をたてないようにして窓を開けた。

「ごめんコンラッド!」

すぐに帰ってくるから。

心の中でそう言って、おれはかねてから脱走用に用意していたロープを窓からたらす。 


グウェンダルあたりに知られたら大きな雷を落とされることうけあいだ。

見張りの兵士さん達がいないのを見計らう。

いないのが確認できたら、あとはもう部屋を飛び出すだけ。










「ここまで来たらもう大丈夫だよな」

流石に血盟城の外に出るのはまずいと思ったので、血盟城の中にある泉に来た。

奥まったところにあるここならあまり目立たないし見付かることもないだろう。

ひんやり冷たい泉の水に足を浸す。

「気持ちいい・・」

自分を拒むことなく包み込むこの水があの時はコンラッドを傷つけた。

いくらコンラッドが気にするなと言っても気にせずにはいられない。

もしあの時以上におれの感情が昂ぶるような出来事があって、また魔力が暴走

したら、もしかしたらおれはコンラッドを殺してしまうのかもしれない。

コンラッドを、大切な人を殺すことのできるこの力が、本当に怖い。

いつもは意識がぼんやりとしていてわからなかったけど、これは自分の意思とは

関係なしに人を簡単に殺してしまえる力なんだ。

「こんな力・・いらないのに・・・っ」

ばしゃっ

水を思い切り蹴ってみる。

波紋が広まり水面は揺れるが、しばらくすれば元のような穏やかなものへと戻る。

まるでおれのことなんて意にも介していないかのようだ。

ますます情けない気分になってくる。

コンラッドはいつだって完璧で、優しくて、おれを優しく包み込んでくれる。

それなのにおれは自分の魔力ひとつ使いこなせない。

さんざん迷惑をかけて、守らせて、あまつさえ怪我をさせて・・

これで恋人なんていうんだから笑える。

これじゃあコンラッドはおれのお守りをしているようなもんじゃないか。

守ってもらうだけじゃなくておれだってコンラッドを守りたい。

対等になりたいのにコンラッドとおれの距離はすごく、遠い。

ちゃんと魔力を使えるようになりたい。

どうやったら使いこなせるようになるんだろう。

ばしゃっ

もう一度水を蹴る。

もしこのまま水の中に落ちて溺れるようなことがあれば、魔力は発動したりする

だろうか。

少年漫画では主人公が命の危険の中で強くなっていく!ってのは定番だし!た、多分。

もし。

もしそれで、本当に魔力が使いこなせるようになるなら。

魔力が使いこなせて、もっと魔王らしくなって、この国の皆を守れるようになって

コンラッドとの距離が少しでも縮まるのなら―・・

試してみてもいいんじゃないかって、思ったんだ。

冷静になって考えてみれば、馬鹿馬鹿しいことだってわかるけど、その時のおれ

にはとても良い考えのように思えたから。

地面についていた手に力を入れる。

地面を押して、浸かっていた足から泉の中に入っていく。

泉はそれなりに深くて、すぐに顔も水に浸かっていく。

ごぽ。

口から気泡がもれて、上にあがっていく。

苦しい。

そう思った時だ。

いきなり水が渦を作り始める。

これって、まさか。

思った時には既におれは渦の中に飲み込まれていた。

お約束の、スターツアーズだ。










「ごほっ」

まさかあのタイミングで戻されるとは思わなかったけど、これはこれで良かった

かもしれない。

正直今は、コンラッドの顔を見るのが辛かったから。

なんて、すごく無責任だけど。

ざぱっと音を立てながら、おれは水の中から勢い良く顔を出す。

「って、あれ・・?」

見えるものは見慣れた我が家のお風呂場のはずだった。

しかし広がっているのは一面の野原で、おれが浸かっているのはその真ん中に

ある湖らしい。

「ここどこだ・・・?」

とりあえず湖からあがろうと岸に手をつこうとする。

しかし手が地の感触を感じることはなく、代わりに感じたのは人の体温。

「・・・え?」

「ユーリッ!!」

「な・・・・!?」

少々乱暴に腕を引かれて、おれの体が引き上げられる。

水からあがったはずなのにおれは息苦しさを感じていた。

呆然とおれを見つめる茶色の瞳から目をそらせない。

おれの良く知る銀の虹彩。

「コンラッ・・ド・・・?」

「ユーリ・・・っ!!!」

そのまま息もできないくらい強く強く抱きしめらる。

「どうし・・たんだ・・?」

何が起こったのかわけがわからない。

ただ一つおれにもわかったのは、おれの好きなその瞳が、深い悲しみの色を宿して

いているということだけだった。
















***
続きは早くアップできるといいなと思いつつ・・(汗)







2006.06.08







 
 
 















 
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