こうなることはわかっていた。

だから、おれはその時、自然と笑みを浮かべていた。












「ユーリがいなくなった?」

彼は人と関わるのが好きだから、また血盟城の中を散策しているのだろうか。

コンラートは気の毒なくらいに震えている見張りの兵を見据える。

「はっ、はい。窓から縄を垂らして出られたようで・・ッ!現在ウルリーケ様が陛下

の魂を探られているのですが・・どうやらこの眞魔国にも、チキュウにもおられない

ようなのです」

兵は一気にまくしたて、額に浮かんだ汗を拭う。

事はそう単純ではないようだ。

「な・・っ・・一体それはどういうことだ・・!?」

「陛下の行方が全くわからなくなってしまったのですッ」

その兵士の言葉にンラートは呆然と立ち尽くした。

何よりも大切な彼が、消えてしまった。

嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、コンラートは眞王廟へと駆け出していた。












「ちょ・・っコンラッド・・!?」

抱きしめてくるあまりにも強いその腕に、おれは僅かに眉をよせる。

普通ならここで離してくれるはずだった。

けれどコンラッドの腕の力が弱まることはない。

苦しくて彼の大きな背を叩くと、やっと力が弱まり、おれは体を少し離して

コンラッドの顔を見上げた。

するとコンラッドの綺麗な顔がゆっくりと近づいてきて、そのまま、キスされていた。

「っ!!!?」

いつもコンラッドにされているような優しいものではない。

全てを貪るかのように深く深く口付けられる。

口のなかを犯していく舌が、コンラッドのものなのかと疑いたくなるほど荒々しく動く。

「ん・・・ふっ・・」

こんな風に余裕無く求められるのは初めてで戸惑う。

足に力が入らなくなって、くずおれるようにその場にへたりこんでしまった。

ようやく唇が離れる。

「は・・・ぁっ」

苦しくて肩で息をするおれの前に、コンラッドは片膝をつく。

目線が同じ高さになった。

「ユーリ・・・」

恐る恐る、コンラッドの手がおれの頬に触れてくる。

「コンラッド・・?・・んっ」

さっきとは違う、そっと触れるだけのキスをされる。

優しすぎて、泣きたくなるような口付けだった。

「ユーリ・・・」

「コン・・って、あれっ!?」

おれは、そこでようやくコンラッドの異変に気付いた。

「えと・・コンラッド・・イメチェンした?」

「・・・え?」

甘い雰囲気とは一転、二人の間に奇妙な空気が流れる。

おれの言葉にきょとんとしているコンラッド。

その髪は、先程会った時よりいささか長かった。

それだけではなく、全体的におれが知ってるコンラッドとは何が違うのだ。

コンラッドも考えるように眉を寄せてから言う。

「イメチェンはしてませんが・・・ユーリ、少し縮みましたか?」

いぶかしげにコンラッドはおれの頭に手を乗せる。

成長期真っ盛りの青少年にそれは失礼な発言だ!

聞き捨てならない!

「縮むわけないだろっ!ちゃんと禁酒禁煙を慣行してるんだからっ!!」

キッと睨みつければ、コンラッドはますます困ったような顔をする。

だんだんと焦りの滲むような顔に変わり、やがてコンラッドは決心したように口を

開いた。

「ユーリ・・失礼ですが、今おいくつですか?」

「え?年?16だよ。名づけ子の年を忘れるなよな〜」

「・・・・」

「・・コ、コンラッド・・・?」

何も返してもらえないと不安になる。

しばらくはそのままどちらも口を開くことはなく、沈黙が続いた。

そして、その沈黙を破ったのは、珍しくこんなことになろうとはという表情をした

コンラッドだった。

「ユーリ、落ち着いて聞いてください」

「ん?」

「あなたは恐らく、来る時代を間違えた」

「・・・は?」

「あなたは、未来にきてしまったんだ」

スコーン。

何かで叩かれたような衝撃を受ける。

未来?

ここが?

まさか。

そんなすました顔で冗談なんか言うなよコンラッド。

信じちゃうから。

「ここのユーリは・・16歳じゃない。20歳なんです」

「・・・まさかっ・・!」

焦って、おれはコンラッドの軍服の袖をまくった。

そこにはおれのつけてしまった真新しい傷があるはずだったから。

「ユーリ?」

けれどそこにあったのは既に乾いた、古い傷跡だけだった。

・・冗談だろ?

軽い眩暈を覚えながら、おれは呆然と立ち尽くした。

こんな時は何て言えばいいんだろう。

どこか遠くから『そんなはずアラスカ』と言う声が聞こえたような気がした。








パキパキ。

薪が燃える音がその場を支配している。

お互いに何もしゃべらない。

ちらりと向かいに座るコンラッドを見ると、無言で優しく微笑まれた。

どう反応していいのかわからなくて、おれは俯く。

あの後、おれはコンラッドに湖の傍にある小屋の中につれてこられた。

濡れた服を乾かさなくてはということで、火をおこし、服を干している。

当然裸になるおれに、コンラッドはさりげなく自分の上着を着せてくれた。

「寒くはありませんか?」

「あ、うん・・大丈夫・・」

いつもの優しい声。

いつものコンラッド。

けれど、その瞳はどこか不安に揺れている。

このコンラッドは、コンラッドであってコンラッドではない。

「あの・・さ、本当にここって・・・その、未来なわけ?」

「そうですね・・俺の知っているユーリは20歳ですから・・あなたのいた世界の

4年後、ということになりますね」

そう。

このコンラッドが言うには、ここはおれのいた世界の4年後。

どうやらおれは未来に来てしまったらしい。

確かに目の前にいるコンラッドはおれの知るコンラッドよりも髪が少し長い。

それでもいい男っぷりは健在で、おれのコンプレックスを見事に刺激してくれる

ところは全く変わっていない。

信じられない話だが、コンラッドがこんな冗談を言うわけがないし、きっと

真実なんだろう。

「この世界のおれは今は地球に戻ってるんだよな。良かったような残念なような」

「そうですね・・貴方が二人もいたらギュンターあたりが卒倒してしまう」

ギュンターは4年たってもギュンターらしい。

「でもなんで・・なんでこんな突然未来に来ちゃったんだろ・・」

「理由はわかりませんが・・眞王の気まぐれ・・でしょうか」

「うーん・・相変わらず何考えてんのかわかんねーなあ・・」

ガシガシと頭をかきまわす。

そうしてボサボサになった頭をコンラッドが手櫛で優しく梳いてくれる。

「安心してください。とりあえず眞王廟に伝書鳩を飛ばしました。きっとウルリーケ

が原因を探ってくれますよ。ちゃんと元の時代に戻れますから」

おれを安心させるようにコンラッドは微笑む。

こういう優しいところは全然変わってない。

何だか照れくさくなって俯いた。

「あ!そうだ!血盟城に行っちゃ駄目かな?未来の皆とか見てみたいし!」

「・・・それは・・」

軽い好奇心で言った言葉に、コンラッドが逡巡する。

「・・駄目?」

「すみません・・実は今、城下でちょっとした揉め事がありまして・・お連れするわけ

にはいかないんです」

慎重に、言葉を選ぶようにコンラッドは言った。

「揉め事って・・大丈夫なのか!?だったら余計におれが行って・・・」

「駄目です」

先程よりもいささか強い声で、コンラッドが遮った。

「え・・・?」

「ここは未来です。今、過去の貴方が出て行けば、余計に混乱が起きる。

それに揉め事といっても大したことではないんです。だから、貴方が出て行く程の

ことでもないんですよ」

「そ・・っか・・」

「しばらくの辛抱です。事が治まるまで、不自由だとは思いますが、俺とここに

いて下さい」

「・・・わかった」

「すみません・・」

「謝るなって!コンラッドが悪いわけじゃないのに。あ、そうだ!未来のおれって

ちゃんと魔王やってる?やっぱり・・相変わらず迷惑かけまくってる?」

何となく気まずい雰囲気になってしまったので、おれは意識して話題を変えた。

コンラッドに感じるこの違和感は一体なんだろう。

コンラッドは、きっと何かを隠している。

でもそれを聞いたら何かが壊れてしまうような気がした。

変わった話題にほっとしたのか、コンラッドは再び笑みを浮かべて言う。

「まさか。ユーリはとても良い魔王だよ。今も、昔も。いつだってユーリは最高の王だ」

「か・・買いかぶりすぎだよ・・」

「そんなことありませんよ。民の気持ちを一番に考え、行動する。簡単には

できないことだ」

「違う・・!そんなことない・・っだって・・・っ」

不意にコンラッドを傷つけた時のことを思い出して、おれは唇を噛んだ。

「だって?」

優しく、それでも答えないでいるのを許さないような声で、コンラッドが先を促す。

「だっておれ・・あんたを・・えと・・過去のあんたを傷つけたんだ」

「俺を・・?」

「うん。コンラッドと一緒に入ったお店に偶然強盗が入って・・それで、コンラッドが

怪我をして・・・それで、おれ、カッとなっちゃって・・魔力が・・暴走して・・・」

その時の様子がまざまざと思い出されて、情けなくも体が震えた。

それに気づいたのか、コンラッドはおれの肩を抱き寄せてくれる。

「あ・・っ、あんたを傷つけたんだ・・っ、おれはそんなの絶対に嫌だったのに

止まらなくて・・血が、いっぱい出て・・っ」

「ユーリ・・」

「絶対に・・傷つけたくなんてなかったのに・・!守りたかったのに・・・っ」

「ユーリ大丈夫」

「でもっ!!」

「大丈夫だよ。ユーリは悪くない」

「何だよっ!!なんであんたはいつもそうなんだよ!!」

今まで言えずに溜め込んでいた言葉が溢れて、止まらなくなる。

こんなことをこのコンラッドに言うのはおかしいと頭ではわかっているのに。

「何でそうやって笑って許しちゃうんだよッ!責めればいいじゃん!

一歩間違えればあんたおれに殺されてたんだ!わかってんのかよ!?」

「ユーリ」

「迷惑かけてもいつもあんたは許しちゃうんだ。あ、あんたからしたらおれは

ずっと子どもで、じいちゃんが孫の我侭をきくみたいなもんなんだろっ。

付き合ってくれたのだって・・おれの我侭きいてくれただけで・・ッ!!」

「違います!」

それは違う、と、コンラッドは言う。

「貴方はずっとそんな風に思っていたんですか?」

「だって・・!」

「俺はユーリを愛している。それに偽りはありません。あなたが無茶をしても

笑っていられるのは、それを迷惑だとは思ってないから。もちろん、危険なことに

首を突っ込まれるのは困りますが。貴方から与えられるものなら傷でさえ

愛おしいし、ましてや貴方がおれを守ってくれようとしてついた傷なのに、

御礼を言いこそすれ、貴方を責めるわけがないでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

あまりのコンラッドの台詞に、おれは何も言えなかった。

なんつー台詞をこいつは言うんだろう。

おれのいる時代のコンラッドよりもさらにすごい・・気がする。

進化してるぞ。進化。

「我侭をきいてもらっているのは俺の方です。俺はもう、あなたなしでは生きられない

くらい貴方に依存しているのだから」

肩にまわしていない方の手で、コンラッドがおれの頬を撫ぜる。

「愛しているんだ、ユーリを」

その言葉はとても嘘だとは思えないほど切実で、胸のあたりがちくりと痛んだ。

少しでもコンラッドの気持ちを疑ったことが申し訳なくなって、おれは謝った。

同時に、こんなにコンラッドに愛されている未来のおれが少し羨ましくなった。

おれは4年後、こんな風にコンラッドに愛されるおれであれるだろうか。

「しかし・・じいちゃんはショックだな。確かにそれくらい年は離れてるけど」

苦笑するコンラッド。

「あ、ごめん!!」

「でも俺は孫にいやらしいことをする趣味は無いから安心していいよ」

「なっなななななななななななななななななっ!!?」

コンラッドは赤くなるおれを見て笑った。

「きっとそのうちわかりますよ。ご自分がどれほど愛されているのか、ね」

未来の、この時代のおれを思い出しているのだろうか。

コンラッドの瞳が遠くを見る。

「コンラッド・・・」

「はい?」

「おれがこの時代にきたのはきっと、眞王の気まぐれじゃないよ」

「・・え?」

「逃げたんだ。コンラッドから」

だからきっと時代まで超えて、こんな遠くに来てしまったんだ。

コンラッドから目を逸らし、逃げたことに対する罪悪感。

心配しているだろうか。彼は。



「おれはコンラッドから逃げてきたんだ」



たまらない気持ちになりながら、おれは目を閉じた。

瞼の下に浮かぶのは、大好きな彼の優しい微笑み。


























***
すみません大分間が開きました(汗)
そんなわけで流されて未来編です。(何)
次回あたり次男へたれ警報が出る予定・・




2006.07.02



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