朝から名付け親の顔を見ていない。



今朝はいつも起こしに来る彼の代わりにギュンターが来たし、朝食の場にも来なかった。

もちろん、ロードワークも無しだ。

そしてそのままヴォルフラムと城下に来てしまったから、一度もコンラッドの顔を見ていない。


「おいっ!ユーリ!何を呆けている?せっかく婚約者と二人きりなのだからもっと嬉しそうにしたらどう

だっ!」

ムッとしたように言うヴォルフラムに小さくため息を吐く。

昨日コンラッドの様子がおかしくなったのはヴォルフラムと出かける約束をしてからだった。

何故自分とヴォルフラムが一緒に買い物に行くことでコンラッドの様子がおかしくなったのかはわから

ないが、それが原因なのだということはわかる。

「わかってるって!で?どこに行くんだよ?」

思わず昨夜のことを思い出し、少しへこみそうになる。

「ああ。こっちだユーリ!あそこの店なんてどうだ!?行くぞユーリ!」

そう言ってユーリの腕をぐいぐいと引っ張るヴォルフラム。

嬉しそうな彼の姿に、ユーリもつられて笑顔になった。

「はいはい。」

ユーリが笑いながら言うと、ヴォルフラムは満足げに歩を進めた。



―昨夜、ユーリがコンラッドの部屋に行ったのは本当に何気なくであった。

何となく、彼の顔が見たくなった。

彼の傍は安心できるし、彼の隣にいるだけでなんだか幸せな気持ちになれるから。

だから、ヴォルフラムが寝たのを見計らってこっそりとベッドを抜け出し、コンラッドの元へと向かったの

だった。

だけど、昨日のコンラッドは何か様子がおかしかった。

自分を見る瞳は絶えず何かを訴えかけているようだったし、大好きな彼の笑顔は、昨日はどこか哀し

げだった。

それに―・・・

と、ユーリは無意識に自分の唇に手をあてる。

キス、された。

何で自分なんかにあんなことしたんだろう。

コンラッドならもてるだろうし、そういうことをする相手ならいくらでもいそうなのに。

まさか・・・

そこまで考えて、ユーリは浮かんだ答えを消し去るように頭を振った。

そんなわけ無い。

ギャグは寒いけど、話もうまいし剣もできる。声だって良いし、何よりかっこいい。

ギャグ以外には何も欠点の無い完璧な彼が、自分のことを好きなんてこと、あるはずがない。

じゃあ何で?

あれからずっと考えているけれど、全くわからない。

ベッドに押し倒されたとき、怖くなかったと言えば嘘になる。

でも、それ以上にもどかしかった。

真上から真っ直ぐに自分を見下ろす瞳は、どこまでも深く、切なげで、彼が何かに傷ついていることは

わかるのに、自分にはどうすることもできなかったんだ。

「ん?あっちも良さそうだな。・・おいユーリ、聞いているのか?・・具合でも悪いのか?」

ヴォルフラムは彼の兄のように眉間に皺を寄せる。

繋いでいた手を離してユーリの額にふれた。

「わっ!平気だよ!元気だからっ」

急にそんなことをされると照れくさい。

これ以上心配させるのも申し訳なくて、ユーリは笑顔をつくった。

「ならいいが・・・」

ふいとヴルフラムは照れたように前を向いて再び歩き出す。

ヴルフラムの後に続きながら、ユーリはさらに考える。

はっ!もしかして欲求不満!?

確かにいつも自分の傍にいてくれるし、女の人と会っている時間なんて無いはずだ。

だから男の自分にあんなことを・・・?

いや、コンラッドは誰にでもそういうことをするような人じゃないよな。

でも。

違っていたとしてもたまにはコンラッドに休んでもらった方が良いのかもしれない。

コンラッドにもオトナのおつきあいってものがあるのかもしれないし・・

自分の知らない女の人とコンラッドが一緒にいるところを想像して、何故だか嫌な気持ちになる。

なんで―?

ユーリは戸惑って勢い良く顔をあげた。

「って、あれ!?」

目の前にいたはずのヴォルフラムがいない。

どうやら考えにふけっているうちにはぐれてしまったらしい。

しかもいつの間にか人通りの少ない裏路地に入ってしまったようだ。

早くヴォルフラムを見つけなければ、と、ユーリは踵を返そうとする。

すると、どんっと何かにぶつかった。

何にぶつかったのだろうとユーリは上を見上げる。

「おお?なんだあ?」

ぶつかったのは大柄な男で、まじまじとぶつかったユーリの顔を見つめた。

顔はにやにやと笑っていて、その様子にユーリは一歩後ずさる。

「す、すみませんっ!えーと、おれ、よそ見してて!!」

「ふん」

男は品定めをするように自分の顎をさすった。

何となく嫌な予感がする。

「あんた可愛い顔してんな。一緒にちょっと付き合ってくんないかなあ〜?」

「はあっ!?いや、おれ男なんでっ!!」

「男ぉ?それがどうかしたのか?」

男にきょとんとした顔で言われ、ユーリははっとした。

そうだった。

ここでは男も女も関係無かったんだ!!

ついでに言うと地球ではなんてこと無いこの顔も、この世界では美形に入ってしまうらしかったんだ!

男にナンパされるなんて初体験だ。

そんな初体験いらないっ!!と心の中で叫びながらユーリはどうするかを考える。

もう逃げるしかないっ!!

決心して走りだそうとしたその時だ。

「うわっ!?」

強い力で手首をつかまれる。

何とか逃れようとユーリは必死に手を振るが、男の力は強く、叶わない。

気がつけば体を男に引き寄せられていて、あっという間に男の腕の中に捕らわれていた。

「うわっ!!やっ・・やめろっ!!はなせって!」

頭の中がもう真っ白で、ユーリはただ必死に暴れる。

大声で叫んぶが、ユーリたちがいるのは裏路地のため気づく人はいない。

「おっと。暴れても無駄だぜえ?あんた本当に可愛いなあ。」

男は楽しそうに笑う。

そして何かを思いついたのか、ぐい、とユーリの顔を上向かせた。

「なっ、なんだよっ!?」

ユーリに男が答えることはなく、代わりにニヤリと笑ってユーリの唇に己のそれを近づける。

「ぎゃああああああっっ!!やめっ!やめろって!!!」

嘘だろ〜っ!?

体を離そうとしても男にしっかりと腰を固定されてしまっている。

最後の抵抗とばかりに顔を背けるが、また強引に元にもどされてしまった。

自分の抵抗が全く通じない状況にユーリは純粋な恐怖を覚えた。

「や・・っやだっ・・・」

湧き上がる嫌悪感に吐きそうになる。

肌が粟立つ。

それ以上男の顔を見ていたくなくて、ユーリはぎゅっときつく目をつむる。

ふと、銀の虹彩を散らした茶の瞳が浮かんで、何故か泣きそうになった。

「コン・・・っ」

その名を呼ぼうとした、その時だ。


カチャリ、


聞きなれた剣の音がした。

「その人から今すぐ手を離せ。」

聞きなれた人の声がした。

すぐにユーリを捕らえていた手が離されて、ユーリは恐る恐る目を開く。

すると、男の首に剣を当てているコンラッドの姿が、あった。

「コンラ・・・・ッド?」

ユーリから男の手が離れたのを確認すると、名付け親は力任せに男を殴りとばした。

男は吹っ飛び、大きな音をたてて壁にあたって倒れる。

男をなぐったコンラッドの瞳は今まで見たことが無い、冷たい色を宿していた。

ゾクリと、した。

「貴様・・・っ」

コンラッドは男の胸倉を掴み、乱暴に半身を起き上がらせる。

「コっ、コンラッドっ!もういいからっ!」

このまま放っておけば男を殺してしまうのではないかと思う程のコンラッドの剣幕に、ユーリは焦って

止めに入った。

コンラッドの背中に飛びついて、必死に止める。

「ユー、リ」

「おれは大丈夫だから!その人のこと許してやってよ!もうこんなことしないって!なっ!?」

何でおれが庇わなくちゃいけないんだろうと思いつつも男に言うと、男は怯えた様子で何度も首を縦に

振った。

大柄な自分を軽々と殴り飛ばしたコンラッドに流石に怯んでしまったのだろう。

「さっさとどこかへ行け。もう二度とこの人の前に姿を現すな。」

コンラッドは殊更冷たい声で言い放って、男から手を離す。

「う、うわあああっ!!」

途端に男は走りだし、すぐに姿は見えなくなった。

「あ・・の・・コンラッド・・?」

普段とはあまりにもかけ離れた様子の彼に、ユーリは恐る恐る声をかけた。

「ユーリ」

先ほどとはうって変わった優しい声音で名前を呼ばれてユーリはほっと息をついた。

「あの・・ユーリ?」

「ん?」

今、名づけ親は少し困った様な顔をしている。

コンラッドのことは何故か顔を見れなくてもわかるんだよな〜と思ってユーリはふと疑問に思った。

何で顔が見れないんだ?

思って今の状況を思い出した。

自分はまだコンラッドの背中に抱きついたままだったのだ。

「うわああっ!!ごめんっ!!」

慌ててコンラッドの体から手を離す。

顔が熱い。

「いえ・・かまいません・・。」

歯切れの悪いコンラッドの顔をユーリはこっそり覗き見る。

すると彼の顔も赤く染まっていて、ユーリはさらに顔が熱くなるのを感じた。


そ、そんな顔をされたらどうしていいかわかんないじゃんかよ〜!!


明らかに照れているような名付け親の様子に、ユーリは戸惑ってさらに顔を赤くした。

向かい合って顔を赤くしている二人。

傍から見ればさぞかし不思議な光景だったろう。

そんな状況を打破するように、コンラッドがゆっくりと言う。

「大丈夫ですか?ユーリ?」

「へ?あ、大丈夫だよ!コンラッドが助けてくれたから・・ありがと。」

ユーリが笑うと、それにつられたようにコンラッドも笑った。

会っていない時間なんて本当にわずかなはずなのに、コンラッドの笑った顔が懐かしくて、胸がじんと

した。

温かな感情が自分の中を満たしていく。

さっきまであんなに怖いと思っていたのが嘘みたいに、安心する。

昨夜あんなことがあったというのに、何でだろう?

「良かった・・」

心底安心したという表情で、コンラッドは息をついた。

「すみません。貴方に怖い思いをさせてしまった・・」

「何言ってんだよ!あんたは何も悪くないじゃんか!コンラッドが来てくれて本当に助かったよ。」

「いや、俺が貴方の傍についていれば良かったんだ。」

いつもの余裕はどこへ行ってしまったのか。

ユーリはしゅんとしおだれるコンラッドを励ますようにその肩を叩く。

その時にほわんと彼から香る匂いを感じてユーリは首をかしげたが、言う。

「今日はヴォルフラムが二人で行くって言い出したんだ。あんたがいないのは当然だし、あんたは何も

悪くないよ。元はといえば余所見しててヴォルフラムとはぐれたおれが悪かったんだから。」

「ユーリ・・」

「本当にありがと!ん?・・・そういえばどうしてあんたこんなとこにいたんだ?」

偶然だろうか?

「たまたま、近くを通りかかったんです。そしたらユーリの声が聞こえて、それで。」

「何でこんなところにいたの?」

聞くと、コンラッドはばつの悪そうな顔をした。

その様子はまるでいたずらを見つかった子どものようで、少しおかしい。

今日はこの名付け親の見たことの無い顔ばかり見ている気がする。

「それは・・今日はグウェンダルに頼み込んで休みをもらったので・・・」

だから朝いなかったのか。

納得して、続きを聞く。

「この近くの酒場で酒を少々・・飲んでいました・・」

「お酒?」

やはり先ほどコンラッドから香ってきた匂いはお酒だったのか。

しかし、爽やか好青年のコンラッドが真昼間から酒を飲んでいる様子なんて想像できない。

「なんでまた?」

「いえ・・そこらへんは聞かないで下さい・・。」

やはりバツの悪そうな顔で、コンラッドは顔を背ける。

やっぱりそんな彼は100歳を越えているはずなのに子どもみたいでおかしくて、ユーリは噴出す。

一度笑いだすと中々止まらなくて、最後には声を出して笑った。

「ひどいなあ。そんなに笑うことないじゃないですか。」

「あははっごめんごめんっ。」

笑いすぎて目じりに浮かんだ涙を彼の長い指で拭われる。

「貴方には情けないところばかり見られていますね。貴方には情けないところを見せたくないのに。」

言いながらコンラッドは苦く笑う。

そんな顔さえかっこいいんだから羨ましいかぎりだ。

「そんなことないって。コンラッドはかっこいいよ!」

笑って言えば、コンラッドは一瞬目を瞠る。

そして困ったように、それでもとても嬉しそうに微笑んだ。

こういう顔、好きだなあ。

見ているだけで幸せな気分になれる。

「光栄です。」

言って、優しく頬に触れてくる温かい手。

その手はじんわりと頬になじんで、彼の熱を伝える。

あったかい。

笑顔を見るだけで。

触れられるだけで。

こんなにもあったかい気持ちになれる。

ああ。

自分はこんな気持ちの正体を知っている。

「さて。そろそろヴォルフラムを探しましょうか。しっかりと説教をしなくてはいけませんからね。」

「えっ!?おれが悪かったんだからヴォルフのことは怒んないでやってくれよ〜。」

困ったように言っても、顔は笑ってしまう。

幸せそうに笑いながら、ユーリはコンラッドの隣を歩いた。

気づいたその気持ちをその胸に宿しながら。

















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***
すみません!!次で終わります!!
次は再び次男視点で。
コンラッドは・・自棄酒をあおっていた模様です。(ええ!?)
ユーリ視点だとなんだかほのぼの・・。
でもコンラッド視点だときっと色々悶々としているんだろうなあ・・・(汗)













2005.11・13

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