■幸サス■

梅雨は嫌いだ。
いつも雨のせいで外に出られないし、体もなんだかべとべとする。
湿気をふくんでぼさぼさになった髪。
何だか気持ち悪い。
不機嫌そうに上を見上げると、見知れた微笑の男がこちらを見下ろしていた。
なんだよと軽く睨み付けてみても奴が微笑みをたやすことはない。
おもむろにのばされた手がオレの髪に触れる。
何がしたいのかたずねると、男は答えぬままにがしゃがしゃとオレの髪をかき乱した。
ただでさえぼさぼさだった髪が、いよいよ悲惨なことになる。
見た目など気にしない方だが、ここまでぼさぼさにされると流石に困る。
やめろと手を振り払うと、男はやはり微笑んだままで手をどかした。

可愛いね。

いきなり言われた。
そんなこと言われても嬉しくなんてないのに、この男はことあるごとにその言葉を口にする。
しかも今は髪がぼさぼさの状態だ。馬鹿にしているのだろうか。
そんなことを考えていたら自然としかめっ面になっていたらしい。
くすくすと笑われた。
お前はどんな顔をしててもどんな姿をしていても可愛いよ。
再び零された言葉に顔が熱くなる。
本当に何がしたいんだ。

これは惚れた弱みかな?

付け足すように漢は言う。
何を馬鹿なことを。と思いつつも、顔が赤くなっていくのを止められない。
「幸村」
もうどうして良いかわからなくて、困ったように漢の名を呼ぶ。
そんなオレの様子に漢は満足げにまた笑んで、いつもの優しい声で殊更甘くオレの名前を読んだ。


梅雨は嫌いだ。
外にだって出られない。
だけど、同じく外に出られないこの漢と一緒に過ごすとりとめのない時間は嫌いじゃない。



■幸サス■
暑い。
太陽の光が地面に突き刺さる。
昼すぎの一番暑い時刻。
男は至極だるそうに歩いていた。
屋敷まではあと半刻は歩かねばならないだろう。
いや、このペースではもっとかかるかもしれない。
男は手になじんだ酒瓶をやはりだるそうに持ち直した。
暑いのは嫌いではない。むしろ、好きな方だ。
しかし、さすがにこれは暑すぎる。
男は空の真ん中で睨みをきかせている太陽を困った顔でみつめながら額の汗を拭った。
その時、不意にぱしゃりという音が男の耳に届いた。
・・・進路変更。
一転して軽い足取りになった男は今まで向かっていた方向とは逆に歩き出した。
木の生い茂っている中にずんずんと踏み込んでいく。
森の中では木が太陽を覆い隠していて涼しい。
しばらく歩いていると水音はどんどん大きくなった。
がさり。
少しだけひらけた場所に出る。
「サースーケーっ!」
その中心にある小さな湖。
そしてそこには湖の中に足を入れて涼んでいる少年。
男の声を聞くと瞬時に少年は眉間にしわをよせた。
驚いてはいないところを見ると男の気配には既に気づいていたようだ。
「幸村・・・。何でお前が来るんだよ・・。」
「サスケってばつれないなぁ〜。・・隣り良いかい?」
少年の返事を待たずに男は少年の隣に腰を下ろす。
男は着物のすそをまくって足を水に浸した。
気持ちいい。
「ん〜気持ちいい!ね!サスケ!」
にこにこと笑いながら言うと、少年は少し困ったような顔をする。
少年は少し逡巡してから、男から顔をそむけた。
その頬は心なしか赤いように見える。
「サスケ?」
不思議に思いながら男は少年の頬に手を滑らせる。
滑らかな白い肌は触れるとしっとりと手にすいつく。
「どうしたの?」
ゆっくりとこちらを向くように促して、少年の顔をじっくりと眺める。
男の好きな黄金の瞳は伏せられていて見えない。
「サスケー?」
ぱしゃん。
水音が響いた。
男の唇に、温かなものが押し付けられる。
ただ触れるだけの幼い口付け。
気づけば微かに震えているようで。
男は愛おしげに微笑んだ。
程なくしてゆっくりと唇ははなされた。
「サスケから口付けてくれるなんて珍しいね。」
自然と緩む顔を隠そうともせずに男は少年に言う。
「な、何だよ。文句あんのかよ!?」
少年は真っ赤に染まった顔を強引に腕でごしごしと拭う。
そんなことをしたら余計に赤くなるだろうに。
「ううん。文句なんてあるわけないよ。幸せだよ。」
その言葉に少年は動きを止めた。
「・・・お前の幸せはお手軽だな。」
「そうだよ。だからさ、もっとボクを幸せにしてよ?」
「・・え?」
「ここなら誰にも見られないよ。太陽ですらも木に隠されてボク達を見つけることはできない。だから―・・」
恥ずかしがらないでいい。
「は?」
戸惑う少年の唇を掠めるようにして奪うと、男は楽しそうに笑った。
「もう一回サスケからして?そしたらもっと幸せになれるから。」
お願い。
そう言えば、少年はますます顔を赤くした。
「仕方ない奴だな、ホント。」
言ってどこか照れくさそうに笑うと、少年は再びたどたどしい口付けを落とした。
そして二人は何度も何度もただ口付けだけを繰り返した。
幼いけれど、何物にも勝る甘い密事。
誰も知ることは無い、二人だけの秘め事。

再び屋敷へと向かう男の足取りは軽く、先ほどのさるさは微塵も感じられない。
太陽はどこか悔しげにすごすごと沈んでいった。



■マコサス■(死にネタ注意)

それでもお前に出会えて良かったと言えるほど大人ではなかったけれど
会わなければ良かったとは思えないほどに、幸せだった


顔は泥だらけなのにその笑顔はいつもキラキラしていた。
そんな笑顔が大好きで、大切で、守りたいと思った。
ただ厳しいだけだった樹海の生活も、お前がいればまんざら悪くもないと思った。
一緒にいるだけで楽しかった。
親友だった。
何か形が欲しくて、二人で親指に傷をつけて友情の証にした。
その親指をぴったりとあわせるのは二人だけの秘密の儀式。
お前には俺。
俺にはお前。
俺の世界にはお前しかいなかった。


けれど。
俺は突然にお前を失った。


再び会った時、お前は色々なものを持っていた。
沢山の、仲間がいた。
自分達の関係も大分変わってしまった。
そのことにちりりと胸が痛むのをごまかすように、憎いと思った。
自分を裏切り、のうのうと新たな仲間に囲まれて生きるお前が。
憎いと思わなければ、どうにかなりそうだった。
同時に、自分の顔を見るたびに辛そうに顔を歪めるお前を見て、見たいのはそんな顔じゃないのにと思った。
じゃあ何が見たいのかなんて、浮かぶ答えを必死に打ち消した。
俺はお前を憎んでいるんだ。
お前には沢山の仲間がいる。
俺にも、背負うものができた。
けれど、今自分を動かすものはやはりお前で。
俺の世界には、失ったはずのお前がまだ色鮮やかに残っていた。



もう憎まなくて良いことに安堵した。
再び友と呼べることに歓喜した。
もう後何度そう呼べるのかもわからなかったけれど。
それでも薄れ行く意識の中、お前の体温が傍にあることが嬉しいと思った。
また辛そうに歪むお前の顔。
そんな顔をしないでほしい。
俺が見たいのは──・・
そう思って、はっとした。
ああそうなんだ。

もっと一緒にいればよかった。
もっと沢山お前と話したかった。
喧嘩だって、もっと沢山すればよかったんだ。

そうしたら、もしかしたら、お前は笑顔をまた俺に見せてくれたかもしれないだろう?
俺が一番好きなもの、見れたかもしれないのに。
「サスケ」
なんて、今の俺に言う資格はないだろうけど。
だからせめて、俺は笑う。
少しでも俺との思い出がお前にとって優しいものになるように。
多少引きつっているかもしれないが。

昔より、沢山のものを抱えるようになったお前。
お前には俺だけじゃないことに痛みを感じないわけじゃない。
けれど今はそのことが嬉しい。
俺がいなくなってもお前は大丈夫だ。
これからはずっと傍で見守っているよ。
ずっと傍でお前が笑顔でいられるように見守るから。
不意にきらりとお前の目から落ちるそれ。
綺麗だと思った。
同時に湧きあがる感情の名を、俺は知らない。
最後に友情の証をあわせる。
自分の中にあるこの感情が、本当に友としてのものなのかはわからない。
友と思うにはこの気持ちは強すぎて。
でもこんなことは、お前には言う必要のないこと。
言ってはいけない。
喉まで出かかる言葉を飲み込んで、俺はゆっくりと目を閉じた。






それでも俺の世界は最期、お前という光りで満たされていた。




■幸サス■


目の前で紅が散った。
信じられない気持ちでそれを幸村は眺めていた。
また失ってしまうのかと思った。
足元がおぼつかない。
ぐらぐらとしていて安定しない。
まっすぐに立っているはずなのに体が揺れている気がした。
ゆっくりと地におちる小さな体を抱きとめることもできずに、ただその様を見ていた。
殊更時間がゆっくりと流れる。
どさりという音がしてようやく幸村の体が動いた。
唇はその少年の名前を形どるが声がでることはない。
倒れた体を抱きこみ、その顔を覗き込んだ。

生きている。

そのことにひどく安堵した。
息は荒く、顔色も悪い。
着物の袖を乱暴にやぶいて少年の傷に巻きつける。
巻きつけたそれはすぐに緋に染まった。
嫌だ。
子どものように泣きそうになる自分を叱咤する。
必死に止血をする。
「いかないで」
震える声で少年に言う。
敵はもういない。
この少年が、全て倒した。
その身を犠牲にして。幸村を守りながら。
「やめてくれ・・」
奪わないでくれ。
逃がさないようにしっかりと手を握った。
少しでも、楽になるように。

「・・ゆき・・むら・・」

かすれる声で名を呼ばれる。
「サスケ!」
「そんな・・顔すんなよ・・。大丈夫だから。」
これぐらいどうってことない、と少年は続ける。
そして少年は無理に起きようとさえする。
「サスケ!寝てるんだ。」
「・・・。ったく・・。お前子どもかよ・・。何泣きそうな顔してんだ。」
呆れたような口調とは裏腹に、小さな手が幸村の頬に優しく触れる。
「これぐらいの怪我・・よくあることだろ?」
「・・・サスケ!」
「本当にお前は・・オレがいないと・・駄目なんだな。」
少しだけ照れたような、嬉しそうな笑みを浮かべた少年の体をそっと抱きしめる。
「駄目だよ。サスケがいないと駄目なんだ。」
「知ってる。」
「だから、もうこんな怪我しないでよ。」
「・・それは・・約束できない。」
「・・サスケ!」
力が入らないのかいささか弱弱しい腕が抱きしめる幸村の体を離す。
「お前がオレのこと大切にしてくれてんのは・・わかってる。お前が人が傷つくのを・・何より嫌っていることも・・わかってる。」
一瞬間をおいて、少年は続ける。
「だからこそ、オレはお前を・・守りたいんだ。そんなお前だからさ。それが・・オレの望みだから、怪我をしないなんて・・・約束できない。」
「サスケ・・」
「でも、本当にお前は・・オレがいないと駄目だしな。努力は・・してやってもいい。」
言って、少年は不敵な笑みを向ける。
「サスケ・・」
「だからオレはもっと強くなる。お前も・・・強くなれよな。」
「うん。・・そうだね。ボクはもっと強くなるよ・・。サスケに怪我させないくらいには・・・ね。」
「・・そうじゃ・・じゃなくて・・・っ」
続きを言わせないように、軽くその唇に口付けた。
少し鉄くさい、血の味がした。
「幸・・村っ!」
抗議をしようとする少年を笑みで制す。
「ありがとう、サスケ。」
「な、なんだよいきなり・・・!?」
「一緒に天下をとろうね。」
その言葉に、少年は辛そうな顔で目をそらした。

お前のその傷に、血の臭いのする口付けに誓おう。

強くなると。

それは皆を守れる強さであって、お前を見捨てて進む強さではない。


幸村ではそれでも踏みしめる血の臭いを感じて、少年の体を再度包み込むように抱きしめた。



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