鋭い光に体をおおわれた。

コンラッドがおれの名前を呼ぶのが聞こえる。

ああもう何も考えられない。

おれはそこで意識を手放した―・・








「ユーリっ!」

ぼんやりとした視界に、金髪の少年の姿が映る。

次第にハッキリしていくと、ヴォルフラムの悲痛そうに歪められる顔が見えた。

何故そんな顔をするんだ?

名前を呼ぼうとするのに喉がカラカラで声が出ない。

喉を空気が通って意味のない音をたてた。

「いい。しゃべるな。今ギーゼラを呼んでくるからお前はおとなしくしていろ!」

そんな様子を見たヴォルフラムは素早く立ち上がると足早に去っていった。

おれはあたりを見渡す。

見慣れた部屋。

ここはどうやらおれ専用の部屋らしい。

一体何があったんだっけ。

思い出そうとするとチリリと頭に痛みが走った。

そして同時に蘇る意識を失う直前の光景。

おれに憎悪の感情をぶつける人間の男。

慌てて駆け寄るコンラッド。

そして、辺りを光が包んで、おれは意識を失ったんだっけ。

今思い出しても体が震える。

おれは軋む体をゆっくりと起こした。

あそこまではっきりと、むき出しの悪意を向けられたのは初めてかもしれない。

それにあの人の目には深い哀しみも宿っていて、それが少し、コンラッドと似ていたかもしれない。

ガチャリ

突然扉が開いて勢い良くそちらの方を見る。

「あ―・・」

入って来た彼の名前を呼ぶ前に、駆け寄って来た彼の胸の中に抱きしめられていた。

「コンラ・・ッド」

掠れる声で呼べば、一層強く抱きしめられた。

「良かった―・・っ!」

その声はいつもの余裕など微塵もなく、切なげな響きでおれに届く。

この名付け親は、完璧なようでいて、たまにすごくもろいってことを知ってる。

おれを強く抱く腕が微かに震えている。

「ごめん・・な?もう大丈夫だから・・」

安心させるようにおれよりも大きなその背を撫でる。

すごく心配してくれたんだって、わかるから。

「もう目を覚まさないかと・・・っ」

「・・大げさだなぁ〜。」

「何言ってるんですか!もう5日も意識のないままだったんですよ!?」

「ええっ!?そんなに!?」

そんなに寝てたなんて思わなかった・・

そりゃあ心配もするよな・・。

申し訳なくてコンラッドの耳元でもう一度謝ると、コンラッドは痛そうな顔をする。

顔は見れないけど、わかる。

「俺が傍についていながら、貴方をこんな目に遭わせてしまった・・申し訳、ありません・・」

「ああ・・もう!あんたのせいじゃないから!頼むから自分を責めんなよ!」

コンラッドはいつもそうやって自分を責めるんだ。

何も悪くなんてないのに。自分を責めて、一人で傷つく。

おれのせいでコンラッドが傷つくなんて嫌だ。

「でも―・・本当に貴方を失ってしまったのかと思った・・もう二度と、俺の名を呼んでくれることは無い

のだと・・」

「おれは大丈夫だよ・・。あんたの名前だってこれからも何度だって呼んでやるからさ。」

言って笑うと、コンラッドは安心したのか少しだけ腕の力を弱めた。

それでもおれを離す気はないらしい。

まるで大きな子どもみたいで不謹慎にも少し可愛いと思う。

「な?コンラッド・・」

コンラッドの髪に指を差し入れてそっと梳く。

コンラッドがおれにこうされるのを好きだって知ってるから。

彼の髪の毛は猫毛で、さわるとすごく気持ち良いんだ。

「もっと呼んでください。」

されるがままになってコンラッドはおれに懐いてくる。

相手は大の男だっていうのに、そんな様子が可愛いと思っちゃうんだから困るんだよな。

「コンラッド」

「もっと呼んで」

「コンラッド・・」

「もっと・・」

「・・あんたも呼べよ。」

ばしっとコンラッドの頭を軽く小突く。

「・・ユーリ」

「・・・コンラッド」

少しだけ体を離して。

おれ達はゆっくりと唇を重ねた。







「もう大丈夫のようですね。」

しばらくして、息を切らしたヴォルフラムに連れられてギーゼラがやってきた。

ギーゼラはおれの体のあちこちを診てから、ほっとしたように微笑んで言った。

「本当かっ!?」

「はい。もう安心して良いですよ閣下。」

思わず身を乗り出したヴォルフラムにもギーゼラは笑む。

そんな二人の後ろに立っているコンラッドもやっと安心したように笑った。

目が合って、照れくさそうに二人で小さく笑った。

「あっ!何だお前達!何を笑い合っている!!?」

「なっ、なんでもないってヴォルフラム!気のせい気のせい!そういえばグウェンとギュンターは?」

当たり障りのない話でごまかしたつもりだったのだが、何故か二人の名前を聞いたヴォルフラムの顔

が青ざめる。

そしておれの質問に答えたのはヴォルフラムではなく、コンラッドだった。

「ギュンターはずっとここにいたんですが・・やかましかったので追い出しました。」

名付け親にこの上なく爽やかに微笑まれた。

ふと床に目をやると何やら赤いものが・・

血じゃん!!

一体何があった!

否、一体名付け親はギュンターに何をしたんだ!!

物凄く気になったけど、やはり爽やかに微笑み続けるコンラッドにはとてもじゃないけど怖くて聞けな

かった。

コンラッドって黒いよな、たまに。

「グウェンダル兄上は執務が滞っているからな。お前が回復してからの負担が少ないようにと仕事を

している。」

ややげんなりした表情のヴォルフラムが言った。

本当に何があったんだろう・・

聞いてはいけない。

そこには毒女以上の恐怖が待ち受けているような気がした・・。

「では陛下、私は失礼させていただきますね。」

「あ、うん!ありがとうギーゼラ!」

軽く礼をして部屋を出て行こうとするギーゼラにぱたぱたと手を振る。

「どうぞお大事に。」

自愛に満ちた笑顔で、ギーゼラは静かに部屋を出て行った。

「お前はほんっとーにへなちょこだなっ!!」

ギーゼラが出て行ってから、いきなりヴォルフラムに怒鳴られる。

「魔王のくせに人間にやられて5日も寝込むとは何事だ!気合がたりん!気合がっ!」

うう、わがままプーめ・・っ

怒られるから言わないけど・・

「ヴォルフラム、陛下は病み上がりなんだ。静かにしないか。」

隣からコンラッドがうまくヴォルフラムをなだめてくれる。

「まったく・・僕の許しも無く死んだりしたら許さないからなっ!」

そんな無茶苦茶な・・と思うが、その瞳があまりにも真剣で、おれは息をのんだ。

本当に、心配してくれたんだな。

嬉しくて口元がゆるむ。

またそれを見咎めたヴォルフラムがぎゃんぎゃん騒ぐ。

そしてコンラッドが苦く笑う。

こんな穏やかな時間がすごく幸せに思えた。

「あの、さ。」

そんな時間を壊すとわかっていながら、おれはずっと気になっていたことを言う。

「あの男の人ってどうなった・・?」

憎悪の感情を一杯にして、おれを襲ってきた男。

あの時何かを叫んでいたと思うが、記憶に靄がかかったように思い出せない。

あの後、あの人はどうなったのだろう。

コンラッドの顔を見上げると、気まずそうな顔をされた。

それでもおれが引くことは無いと思ったのか、観念したように口を開く。

「あの男は、死にました。」

「・・え・・?」

まさか・・殺してしまったの・・か?

「どうしてっ!?」

慌ててコンラッドにすがり付いて聞くと、コンラッドの顔が歪む。

「貴方を攻撃した術は、かなりのものでした。恐らく力を使い果たしたのでしょう。光が消えた後、貴方

と一緒に男も倒れていて、男にはもう息がありませんでした。」

「そう・・か・・」

言葉を無くしてコンラッドを掴んでいた手を離す。


―それはいつもと変わらない一日だった。

たまたま執務が休みで、おれはコンラッドと一緒に遠乗りに出ていた。

人気のない湖のほとり。

そこで二人で他愛の無い話をしていただけだった。

湖の向こう岸に何か光るものが見えて、何だろうとおれは駈け寄った。

コンラッドは苦笑を浮かべながら後ろをついて来て、少しだけ、おれとコンラッドの距離が開いた。

その時、だ。

林の中に隠れていたらしい一人の男が唐突に飛び出してきた。

魔族ではない、人間だ。

その人が纏う不穏な雰囲気に、身構える。

おれとコンラッドの距離はほんのわずかだ。

それなのに、その人が小さく言葉を紡ぐと体が動かなくなって、コンラッドの方に戻ろうと思うのにでき

なかった。

コンラッドもきっと同じだったんだろう。

「お前のせいだ。お前がいなければ。」

その人は静かに呪詛の言葉を吐く。

そして呪文のようなものをその人がとなえて、辺り一面光に包まれた。

そこでその人はおれに何か言った。

でも、やはり思い出せない。

思い出せるのはコンラッドに少し似た、深い哀しみを湛えた瞳。

「ヨザックが男のことを調べたところ、男は先の戦で妻と子どもを亡くしていたようです。恐らく、それを

魔族のせいと思い、あんなことを・・」

だからあんな瞳をしていたのか。

いたたまれなくなって、顔を伏せた。

「すみません・・俺が早くあの男の気配に気付いていれば・・」

辛そうな顔でコンラッドは言う。

きっと誰よりもコンラッドは自分のことを責めているんだ。

これ以上コンラッドにそんな顔をさせたくなくて、冷たい頬に手をのばす。

「コンラッドのせいじゃない」

しっかりと彼の目を見つめて言えば、薄茶の瞳が微かにゆれた。

頬に添えた手の上に彼の大きな手がのせられる。

「ユーリ・・」

「って!!何をお前ら僕の前でイチャイチャしているんだーっ!!!!」

「うわっ!ヴォルフ!!」

びっくりした!

そうだよ!ヴォルフがいたんだよ!

おれは慌ててコンラッドから手を離した。

「この尻軽〜っ!!」

それって、フットワークが軽いってことだよな?

「あ、ありが・・とう?」

感謝の気持ちを大切に。

人が素直にお礼を言ったってのに何故かヴォルフラムは更に顔を赤くして怒る。

照れてるのか?

「まあまあ照れなくてもいいってー」

「僕は照れてなどいないっ!怒ってるんだっ!!」

そんなおれ達の様子を、コンラッドはこれまた男前な苦笑いで眺めていた。


この後、全身を虹色に染めたギュンター(本当に何があったんだ・・)や、お見舞いにお手製の編みぐ

るみを持ったグウェンが来てくれた。

皆心配してくれて、すごく嬉しかった。

その日はそのまま穏やかに過ぎていった。

でもそれはこれから起こることの、単なる予定調和にすぎなかった。








『私から大切のものを奪った魔王に呪いを!』

「うわっ!!?」

おれは叫んで飛び起きた。

体にはびっしょりと汗をかいている。

怖い夢を見た気がする。

もうおぼろげで思い出せないけど。

すごく怖い。

体が震える。

いつものごとく隣りで眠るヴォルフラムを見るが、おれの声に目を覚ます様子はない。

と、その時、小さくノックの音が響く。

コンコン

このノックはコンラッドのものだ。

ほどなくしてコンラッドは部屋の中に入って来て、身を起こしているおれを驚いたように見ている。

「何かありましたか?どこか具合でも?」

慌てたようにコンラッドがかけよってくる。

「ううん。ちょっと怖い夢見ただけ。」

そう言って笑ってみせると、コンラッドは安心したようだった。

「コンラッドは?どうしてここに?」

「たまたまこの部屋の前を通ったら貴方の声が聞こえて、心配になって・・」

言いながらコンラッドは優しくおれの頭を撫でる。

それだけで不安が消えていくから不思議だ。

「すごい汗ですね・・大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ありがとな、コンラッド」

「まだ起きる時間までありますが、寝られそうですか?」

「ん。平気。大丈夫。」

コンラッドのおかげで落ち着いたから。

おれが言うとコンラッドは悪戯な微笑みを浮かべておれの耳元に口を寄せる。

「何なら、今夜は俺の部屋で寝ますか?」

「っっ!!!!!?」

腰にくる声で囁かれて、おれは思わず耳を手でふさいだ。

は、反則だ!

顔が熱いっ。

「冗談ですよ。」

おれの反応がおかしかったのかコンラッドはクスクスと笑う。

「あんたなあ・・・っ!!」

恥ずかしいのと悔しいので、これはコンラッドに言い募ろうとする、その瞬間、額にやんわりと口付け

られた。

「―っ!!」

「顔色が悪い。どうぞ休んでください。・・ね?」

さっきまで笑っていたのは誰だ。

そこには表情を一変させて心底心配そうな顔のコンラッドがいて。

「うん・・。ありがと。」

「早く元気になって、またキャッチボールしましょうね。」

コンラッドはおれの体をもう一度ベッドに横たわらせると、小さな子どもをあやすようにぽんぽんと胸を

たたく。

「おうっ!」

おれが笑うとコンラッドも笑い返してくれる。

「眠るまで傍にいるから・・安心して眠っていいよ。」

「うん・・。」

優しい声と体温に安心する。

今度はいい夢が見れそうだ。

「おやすみなさい、陛下。」

「・・・。陛下って言うなっ・・・えっと・・・ん?」

ん?あれ?

「どうしました・・?」

「う、ううん。なんでもない!とにかく陛下って呼ぶなっ!」

唇をとがらせて言えば、コンラッドはどこか嬉しそうに笑い、そして、嬉しそうに呼ぶ。

「はい、ユーリ。」

おれの、名前を。

いつものやり取り。

だけどおかしい。

おれは、おれはなんでいつもコンラッドに名前を呼べって言っていたんだっけ?

思い、出せない。

「ユーリ?」

コンラッドに名前を呼ばれるのが好きだったからだっけ。

それもあると思うけど、違うような気がする。

わからない・・。

疲れているのかな・・?

考えようと思うのに、眠気に襲われる。

ふわふわとした意識の中に入っていく。

そしておれは再び眠りについた。

少しの違和感を、心に残して。











小さな波紋はやがては大きな波となって水面を揺らす。











→NEXT






***



つ、続きます・・;
裏行きになったらすみません・・(えー!?)







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2005.12.09








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