自分の気持ちを押さえることなど簡単だったはずなのに。

思いながらコンラッドは溜め息をつく。

いつものようにじゃれあうユーリと弟の姿を複雑な気持ちで見守っていた。

「いいか!僕達は婚約者なんだ!」

「あーっそんなことわかってるよー」

執務の休憩中。

机にぐったりと倒れるユーリにいつものごとくヴォルフラムが詰め寄る。

「そこで思ったんだ!僕達の絆をもっと深くするために何か揃いのものを作るんだ!」

「はあ?なんだよそれ?」

「そうだな。指輪なんてどうだ!」

我ながら良い考えだとヴォルフラムは得意げだ。

だがしかし、そんなものをユーリがつけるわけがない。

「えーやだよー。指輪なんておれつけねーからな!」

予想通りの反応を返したユーリに笑みをこぼす。

「何を言っている!婚約者と言ったら揃いの指輪なんだ!そうだ、明日は執務が休みだったな。早速

買いに行くぞ!」

そろそろ頃合だろうか。

強引に話を進めようとするヴォルフラムを止めようとコンラッドは一歩前に出る。

と、その時だ。

「しょーがねーなぁ。わかったよ。行けばいいんだろー?」

コンラッドが言葉を発する前に、ユーリから返事が返った。

あまりの驚きにコンラッドは目を見開く。

ユーリは苦笑いを浮かべながらも、ヴォルフラムの誘いにのったのだ。

予想していなかったユーリの返答に言葉が出ない。

「本当かっ!?よし。明日一緒に行くぞ!もちろん二人きりでだ!」

「二人きり!?・・コンラッドは?」

ユーリは困ったような顔でコンラッドを見上げる。

そんな彼にコンラッドは苦笑しながら言う。

「城下くらいなら大丈夫でしょう。たまには婚約者と二人で時間を過ごしては?」

本心をいつもの笑顔で隠した。

怒りなのか悲しみなのかよくわからない感情で頭がひんやりと冷たくなっていく。

「よし。決まりだな!明日に仕事が残らないように今日は僕も手伝うからな!」

じわじわとどす黒い感情が自分の体を侵食していく。

「はいはい。現金なやつだなー。」

ユーリは笑う。

見るだけで幸せになれるはずのユーリの笑顔を見ても、今はキリキリと胸が痛むだけだ。




そして再び執務が再開されたが、その後のことはよく覚えていない。

ただ、自分の顔が笑顔を形作っていたことだけは覚えている。




辺りを闇が包み、血盟城にも夜が訪れる。

コンラッドは自室のベッドに身を放るようにして寝転んだ。

昼間の出来事と、明日ヴォルフラムとユーリが仲良く歩く姿を頭に描いては打ち消すように頭を振る。

そんなことを何度繰り返したかわからなくなった時、コンコンとノックをする音が部屋に響いた。

「なあ、入ってもいい?」

ためらいがちな声とともに予想外の人物が扉から顔を出す。

「ユー、リ?どうしたんです?こんな時間に。」

らしくもなく動揺してしまう。

それでも彼には気付かれないように平静を装った。

風邪をひいてしまうからとユーリを部屋に招き入れ、座る場所もなかったのでベッドに座ってもらう。

「何かありましたか?」

ちょこんと座ってもぞもぞとしているユーリに目線を合わせるよう床に膝をついた。

「あーいや。特に用ってわけじゃないんだけどさ。なんとなくコンラッドの顔見たくなったんだ。」

迷惑だった?と不安そうに聞いてくるユーリに笑んで安心させるようにとその手に触れる。

「まさか。嬉しいですよ。俺もユーリの顔が見たかったから。」

自分の場合、それは常のことであるが。

「良かった!」

ほっとしたのか小さく笑ったユーリに思わず見惚れる。

自分の理性もいつまで持つのか見物だな。

自虐的な笑みがうかびそうになるのをごまかすようにコンラッドは立ち上がった。

「紅茶でも淹れましょうか。」

「あ!いいよ!いいからコンラッドも座って!」

ユーリは今にも歩き出そうとするコンラッドの腕を掴んで隣に座るように促す。

そんなユーリにコンラッドは一瞬目を瞠ったが、促されるまま彼の隣にそっと腰をおろした。

「コンラッドっていい筋肉してるよなー!」

「え・・?筋肉、ですか・・?」

ユーリは言いながらぺちぺちとコンラッドの胸をさわる。

「この胸板!やっぱり理想だなっ。」

楽しそうに笑うユーリにつられて思わず笑みがこぼれた。

「そうですか?光栄ですね。」

「おれも鍛えたらこんな風になれるかなあ〜?」

「鍛えてみます?付き合いますよ。」

「うう・・。でも筋肉がつく前に力尽きそうだな〜」

ユーリは困ったような顔で頭を抱える。

ころころ変わる彼の表情は見ている者の心を和ませる。

他愛の無い話をユーリとできること。

それが今の自分にとっての最高の時間に思えた。

この時間だけは壊したくないと、切に思う。

「明日はヴォルフラムと買い物か〜。大丈夫かな。ちょっと不安。」

その一言で先ほど感じたもやもやした感情が己の中によみがえってくる。

こんな感情を臣下である自分は持つ資格などないというのに。

「そう、ですね。ですがヴォルフラムも立派な軍人です。それに城下は治安も良いですし、大丈夫でし

ょう。」

悟られてはいけない。

ましてや、この気持ちをこの人にぶつけることなどあってはならない。

「でもさあ〜。ペアの指輪なんて・・気が重いよ〜。」

「陛下とヴォルフラムとは婚約者なんですから。ペアのものを持つのも普通でしょう?」

本音と建前とはまさにこのことだ。

他の男とペアのものを身につける貴方など、見たくない。

「買ったからにはつけないとあいつ絶対怒るよな〜。」

「そうですね。」

周りはますますこの二人が婚約者だという認識を深めるだろう。

そして、ユーリも。


ヴォルフラムは確かに子どもなところもあるが、真面目だし何よりユーリのことを大切にするだろう。

そんなヴォルフラムをユーリが本当に好きになってしまったら。

自分はどうなる。

必要無くなってしまうのだろうか。

「ユーリは明日行きたくないんですか?」

「うーん・・。そうだなあ・・あんまり行きたくないかも。」

「なのに行くんですか?」

「だってアイツ強引だし。それに―・・」

一瞬間をおいて。

そしてユーリははにかむような笑みを浮かべて、言う。



「やっぱりおれ、あいつのこと嫌いじゃないからさ。」



目の前が、真っ赤に染まった。




気づけばコンラッドはユーリをベッドの上に押し倒していて、ユーリの戸惑う顔が自分の真下にあった。

そんな照れたような顔でそんなことを言われて。

平気でいられると思った?

「コンラッド・・・?」

大切なものを、奪われるような焦燥感。

渡したくない。譲りたくない。貴方は俺のものだ。

子どもじみた独占欲だと思った。

それでも自分の気持ちをもう抑えることはできそうになかった。

「この指に、ヴォルフラムと揃いの指輪をはめるつもりですか?」

いつになく強引な仕草でその手をとって口付ける。

たおやかな指先が微かに震えた。

怯えたような表情をするユーリを、逃がさないというかのようにベッドに縫い付ける。

「やっ・・コンラッド!?どうしたんだよ!放せって!」

じたばたと必死にもがくユーリの抵抗など軍人の自分には通用しない。

きっと今自分は獣じみた笑みを浮かべている。

嫌がるユーリの仕草でさえ、今は情欲に火をつける要因のひとつでしかないのだから。

「・・いけませんね。こんな男の部屋に一人で来てしまうなんて。何をされても文句は言えませんよ?」

むちゃくちゃなことを言っていると思う。

「何・・言ってんだよ・・?どうしたんだよっ今日のアンタおかしいよ!」

「おかしい・・?そうですね、そうかもしれません。」

自分に唯一残されている絶対の信頼を自ら手放そうとしているのだから。

この欲望のために。

貴方を傷つけることと知っていながらもやめることができない。

「コンラッド・・?おれ・・何かした・・?怒らせるようなこと・・した・・・?」

どうしていいかわからないといった風のユーリに微笑みをひとつ落とす。

「もう黙って」

言って、荒々しくその紅い唇に口付けた。

初めてふれるそこは微かに震えていて、それでもあたたかな感触を伝える。

「んんっ・・ふ・・ぁ・・っ」

漏れる吐息にぞくりとする。

微かな呼吸でさえも奪うように、貪欲にその唇を奪った。

苦しいのか、止まっていた抵抗を再び始めたユーリにそっと唇を離す。

「・・んで・・っ?」

「ユーリ・・」

「も・・っわけわかんね・・っう・・くっ」

ユーリの頬を、一筋の涙が伝う。

顔をそむけてしゃくりあげるように泣くユーリを見て、自分のしたことの愚かさを知った。

なんてことをしたのだろう。

自分は取り返しのつかないことをしたのだ。

自分が守りたいと思う存在を、傷つけたのだ。

「すみま、せん・・」

掴んでいた腕を開放し、優しく髪に口付ける。

「ユーリ・・」

少しでも落ち着くようにとその背をゆっくりと撫でる。

何を今更、とも思ったがそうせずにはいられなかった。

震えて大きく揺れる肩に罪悪感が増す。

きつく目を瞑って、襲う感情に耐えた。

しばらくして、落ち着いたのかユーリはゆっくりと上体を起こす。

そして乱暴な仕草で涙を拭った。

そんなに強くこすっては赤くなってしまう。なんて。

今の自分に言う資格は無い。

「申し訳ありません・・陛下。いかなる処分でも、お受けします。」

その場から立って頭を下げる。

いっそ消えて無くなってしまいたかった。

大切なこの人をこの手で傷つけたなんて、最低だろう?

「ご・・めん・・っ。コンラッドも、こんな夜中に来られちゃ迷惑だった・・よなっ。」

「ユーリ?違う・・っ!」

貴方は悪くないのだと言おうとするが、それはユーリに遮られる。

「ちょっと、びっくりしただけだか・・ら平気っ!コンラッドは何も悪くないから・・処分はナシな!それじゃ

おれ、部屋に戻るから・・!ごめんっ!」

ユーリは逃げるように駆け出して、この部屋から出て行く。

ばたんと音がして、扉が閉まった。

もうユーリの姿は見えない。

「ユー・・リ・・」

呆然としてユーリの消えていったドアを見つめる。

こんな時にまで彼は他人のことを思いやるのか。

今はそんな優しさが痛くて仕方無い。

「ユーリ・・っ」

放したくはないその手を。

自ら放してしまった。

傷つけて、泣かせて。

それでも誰にも譲りたくないと思う、自分のなんと浅ましいことか。

未だに愛しい人の感触が残る唇に触れて苦く笑う。

好きなのだ。

たまらなく。

彼のことが。

「好きです・・。」

落とした言葉を聞く者は無い。

きっともう二度と口にすることは無いだろう。

どうしようもなく膨らむ気持ちを持て余しながら、コンラッドはきつく唇をかみ締めた。






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やっちゃった!続き物です!(汗)
コンラッドが駄目駄目ですみません・・orz
続きは早くアップできると・・いいな・・(←怪しい・・)









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